カプチーノ·カシス


一歩一歩、近づいてくるのは新幹線に乗ったはずの彼。

コーヒーの香りは、課長が近づくにつれて強くなる。

そして、彼があたしの目の前に来たときに気づいた。

香りの出所は、彼のスーツ。


そういえばあたしも、通勤着にはこの香りが染み着いてる。

毎日コーヒーと向き合っていると、自然と繊維が吸収してしまうらしい。

さっきまで一緒にいたのに、どうして今になって気づいたんだろう。

あたしと彼を繋ぐこの香りが、今はこんなに愛しいのに。



「……ずっと考えてたんだ、石原に言われたこと」



長い人差し指があたしの頬に伸びてきて、涙の跡をなぞる。


「きっとそれは正しくて、今きみを抱きしめたとしてもいつかは不幸にしてしまうんだと思う」


あたしはただ、彼の話に耳を傾ける。

するとまた新たな涙が湧いてきて、課長の指を濡らした。


< 166 / 349 >

この作品をシェア

pagetop