tender dragon Ⅰ
近づいてくる葉太の顔が、あの日を思い出させる。柔らかい唇と、シャンプーのいい匂い。
どうして拒めないんだろう。
拒まなくちゃならないのに。
「葉太…」
大切な人だから、傷つけたくないなんて、そんな綺麗事は通用しない。
大切だからこそ、言わなくちゃならないの。
「あたし、葉太とは付き合えないよ」
「……やっぱり希龍がいい?」
「っ…そうじゃないけど…」
「無理すんなよ。好きなら好きでいいじゃん」
「好きじゃない。」
「俺に気遣ってんの?…そういうの、余計傷つくから、やめろよ。」
「そんなこと…っ」
ないって、言いきれる?
「…あたしは、希龍くんのこと好きじゃないよ」
必死に絞り出した声は、葉太に届いてるのか分からないくらい小さくて。
それでも葉太は、立ち上がってあたしの頭をポンッと軽く叩いて「そっか」と言うと、自分の部屋に入っていった。
傷つけたんだろうか。
そんなつもりはなかったのに。
シンと静まり返った部屋の中では、時計の針が動く音や、外から聞こえる車の音だけが響いていた。