tender dragon Ⅰ

近づいてくる葉太の顔が、あの日を思い出させる。柔らかい唇と、シャンプーのいい匂い。

どうして拒めないんだろう。

拒まなくちゃならないのに。

「葉太…」

大切な人だから、傷つけたくないなんて、そんな綺麗事は通用しない。

大切だからこそ、言わなくちゃならないの。


「あたし、葉太とは付き合えないよ」

「……やっぱり希龍がいい?」

「っ…そうじゃないけど…」

「無理すんなよ。好きなら好きでいいじゃん」

「好きじゃない。」

「俺に気遣ってんの?…そういうの、余計傷つくから、やめろよ。」

「そんなこと…っ」

ないって、言いきれる?


「…あたしは、希龍くんのこと好きじゃないよ」


必死に絞り出した声は、葉太に届いてるのか分からないくらい小さくて。

それでも葉太は、立ち上がってあたしの頭をポンッと軽く叩いて「そっか」と言うと、自分の部屋に入っていった。


傷つけたんだろうか。

そんなつもりはなかったのに。

シンと静まり返った部屋の中では、時計の針が動く音や、外から聞こえる車の音だけが響いていた。

< 307 / 428 >

この作品をシェア

pagetop