風に恋して
レオはリアの心臓に手を当てて呪文解除を小さく唱えた。先ほど吸い込まれていった風が、レオの手のひらへと戻ってくる。

オビディエンザ――服従の呪文。王妃に刻まれた紋章と合わせて使われる呪文で、王に服従させることができる。

遥か昔、王が自分の見初めた女性を無理矢理王妃にしたことがあった。彼女は王の寝室に行くことはもちろん、公務を共にすることも拒んだ。そんな彼女を王に従わせるために生み出された呪文だ。

元々、王家の婚姻など政略結婚が多いものだ。王家との縁談に、喜んで嫁いでくる者が大半ではあるが、中には恋人と引き離されて嫁がされる貴族の娘もいる。

そういうときに重宝されるのだ。

王の気――呪文の源となる精神力のようなもの――を心臓に入れることで紋章が反応し、王妃に苦痛を与える。それでも抗う場合、王の言葉で彼女の行動を制限することができる。レオが、リアにそうしたように……

レオは奴隷のように人――愛するべき存在――を扱うことのできるそれが嫌いだった。

使おうと思ったこともなかったし、リアとは愛し合って結ばれた自分にこの呪文を使う日がくるとも思っていなかった。

「痣の処置と解熱でよろしいですね?」

レオの手のひらの風が消えたのを見て、セストが問いかける。

リアはものすごい力でレオを押さえつけてきたため、それを引き剥がそうとしたレオも強くリアの手首を握ってしまった。そのせいで、リアの真っ白な肌が鬱血して赤黒くなってしまっていた。

その痕を見て、レオはまた顔を歪めた。
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