魅惑のくちびる
会社から車で10分ほど離れた、串揚げ屋さんで食事をした。
気取った雰囲気のない、かと言って大衆っぽくない静かな「手鞠(てまり)」は、ランチで時々利用している、なじみのお店。
人気があってお客さんはいつも満杯で、夜はなかなか予約なしに入れないからとその日もダメもとで入ってみたら、たまたま二席だけ空きが出来たところだった。
「仕事を遅くまで頑張ったお祝いかもね」
ウーロン茶で乾杯したあと、雅城は鮮やかな緑色をしたアスパラの串揚げを頬張った。
食事中は、他愛ない話ばかりだった。
課長のことや同僚のこと、仕事の内容など、よくあるアフターファイブの会話ばかりだったのだけど、コースの半分が出終わった頃、雅城の顔つきが変わり、しばらく間が空いた。
どうしました?とわたしが尋ねると、
「……あのさ、田上さんって知ってる?」
と重い口調で切り出した。
「はい。人事管理課の女性ですよね?」
面識はあまりないけれど、内線が時々かかってくるから名前だけは知っていた。
「これ……大塚さんに話すことじゃないかもしれないけど。疲れた男の格好悪い愚痴だと思って、聞いてくれるかな」
その時の雅城があまりに悲しそうな顔をしているので、わたしはうん、と短く返事をして耳を傾けた。
「彼女と付き合ってるんだ。会社に入ってすぐだから……もうすぐ2年になるかな」