secret name ~猫と私~
猫が困っています
想いをセッテに告げることなく、佳乃は自分の気持ちだけ固めていった。

彼との契約が終わる時、その時まだこの気持ちが継続していたのなら、伝えよう。
今伝えて、仕事に支障が出るのが嫌だ。
伝えた気持ちが、どのような未来を引き寄せるのかわからない。
近付き過ぎても、気まずくなっても、やりにくさには変わりがない。
仕事を優先させる結果にはなったが、自分らしいと思う事にした。

それでも、毎日が楽しかった。
他愛もない会話が新しく感じられたり、何気ない仕草に胸が高鳴ったり。
二人で会社帰りに行く買い物も楽しみだった。
前のように一人で別の売り場に行くこともやめ、同じ場所で一緒に選ぶようになっている。

「せやから、ここ、ちょい色変わっとるやん。」

「こんなの誰もわかんないわよ。」

「俺はわかっとるやんか。」

ブロッコリーを見ながらの他愛ないやりとりさえ、親しくなったような気がして嬉しい。

くすぐったい感情が、佳乃の心をたえず揺れ動かしていた。
それが仕事に支障をきたすほど、子供ではない。
受け入れて“楽しい”と思えるほどには、歳を重ねてきているつもりだ。


新しい体制になったことで、毎日が慌ただしく過ぎていく中、少し気になった事がある。

飼い主マニュアル~これで君も、猫を飼える!~に書いてあった、最後の一文。

『4・恋を、しないでください。』

彼らだって、人間だ。
彼ら自身が恋をすることだってあるだろう。
それが飼い主だとは限らないが、セッテのような年齢ならば、恋人が居てもおかしくない。
だが、彼からも、同じ猫であるノーヴェからも、全くそういう気配を感じなかった。
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