とある神官の話
雪があまり降らなくなり、気温を上がっていった結果、聖都に残る雪はわずかだ。厚いコートも出番が少なくなり、やや薄いコートでもまあ大丈夫だとなってきた三月―――――。
私の家が荒らされたその後、私は何故かロマノフ局長のもとを離れることとなった。しかも、だ。
「あの」
「どういう手を使ったのかしら、貴女」
「"魔術師"の能力持ちだからといって、いい気にならないでよね」
ロマノフ局長のもとから離れ、何故かブランシェ枢機卿の下で働くこととなってしまったのである。つまり側近みたいなものだ。枢機卿付きの神官だなんてありえない、と私はアゼル先輩に言ったのだが「その方が安全だろうから」と。
確かに安全だろうが、無茶苦茶だ。
"ただの"神官だった私が、枢機卿の下で働くなど。出世といってもおかしくないし、あれこれ言われても反論が難しい。私だってそんな馬鹿な、と思っているのだから。
ブランシェ枢機卿はあのストーカー予備軍なみに人気があるのは知っている。そんな人気者(?)がまわりにいる状態の私は、嫉妬の対象にもなるだろう。
はっきりいって、めんどくさい。
これだから、女子は嫌なのだ。昔も今も。レオドーラあたりなら「お前女子だろ」と突っ込むはずだ。
「指名手配犯を倒したからって―――」
「ああ、ここにいたのか」
急に背後から声をかけられ、びくりと体が揺れた。女性たちもまた眉を潜めたままで声がした方へ顔を向けた。
……、誰だろう?
綺麗な青色の髪と、色白。僅かに微笑をたたえたその顔は美形といってもいい。
ぽかんとしていた私は、その纏う衣を見てはっとした。衣は―――間違いなく枢機卿であることを意味していたのだ。勿論私だけじゃなく、女性たちも慌てて姿勢を正した「ふむ」
「フィンデル神官に何か用事が?」
「あ、いえ……」
「ならば私が彼女を連れても良いな」
「も、勿論です!」
上擦ったような声を発し、逃げるように去っていった女性らを見送った後、何故か男は「ふっ」と笑った。相手は枢機卿である。下手なことは言えないで私が困っていると、男が悪戯っぽく笑った。
「君は彼女らに自慢できる成績を残している。自慢してもバチは当たらないぞ?何故言わなかった」
えっと。
愉快そうに目を細めた枢機卿に、私は「でも」と口を開く。
「自慢しても意味ないですから」
「ほう。自慢はしないのか」
「……しないわけじゃありません。ただ口に出すよりこう、内心で自慢げにしてたほうがいいというか」
私はいい人でもなんでもない。悪口だとかああいう嫌がらせを受ければ腹が立つ。一発何がぶっ放してやろうかとも思うことだってある。そんなときは内心、これでもかというほど愚痴っていたりするわけで。
素直に言いすぎた――――忘れて下さい、と言おうと思ったら男が急に笑いはじめた。微笑はどこへやら。くくくははは、と笑う枢機卿に私はぽかん、と見るしかない。
ひとしきり笑った枢機卿は、すまないと謝罪。そして―――良いではないかと。
"良い"だなんて。まあ悪いよりはいいのだろう。けど何故…?
「―――見つけましたよ!」
息をきらし、奥からこっちに向かってくる姿。この人と同じ枢機卿の衣を纏った人は―――キース・ブランシェ枢機卿である。
私は彼に資料を返してきてくれと言われ、その帰りに女性らに捕まったのだが……遅くなってしまっただろうか。キースは私よりも一緒にいた男の枢機卿に視線を向ける。
向けられた本人はというと、けろっとした顔で「どうしたキース」などと言っていた。
まだゼイゼイいっているブランシェ枢機卿に大丈夫ですか、と声をかけるとかろうじて手を挙げる。
「何だ。運動不足か」
「どっかの誰かが扉に複雑な術式をかけたおかげで手間取ったんですよ!」
「誰だろうな可哀相に」
「貴方ですよフォンエルズ枢機卿!」