とある神官の話
――――今何て?
ブランシェ枢機卿が恨めしげな視線を男に捧げている。いつもなら冷静なブランシェ枢機卿なのに珍しい。
「久しぶりに聖都に来たんだ。それだというのに部屋に閉じこもっていろだなんてつまらん」
どういう、ことか。
ああそういえば今月は、枢機卿らが集まった会議がある。故に各地から集まっているのは知っている。
その一人なのは間違いない。
だが、何というか―――。
「ほら見ろ。お前があれこれ言うから固まっているではないか」
「……それ私のせいなんですか」
胃痛が復活したのか、ブランシェ枢機卿の顔が歪む。気のせいだろうか、近くを通りかかった神官が慌てて逃げていくのは。いや気のせいじゃない。
一人は「ひぃ!」といい、もう片方は「毒舌魔王っ!?」といい、二人そろって慌てて姿を消したのだから。
何だあの反応。
神官は魔物などとも戦うことがあるが、あれは明らかにかなり強い魔物に怯えているみたいな反応だった。しかも片方から発せられた言葉がかなり気になる。
男は気にしない様子で、さて、と私に視線を戻す。名乗るのが遅れたと笑って。
「ミスラ・フォンエルズだ」
―――毒舌大魔王。
神官たちの間で、恐れられている一人だ。比較的若い枢機卿の一人で、いろんな意味で最強。年上云々お構いなしに毒舌を吐くとかなんとか。そしてその毒舌は精神的にやられるらしい。
そんな"あの"ミスラ・フォンエルズ!?と私が固まるのは多分、仕方なかった。
ブランシェ枢機卿に「まずは部屋にもどりましょう」と言われるがまま、二人についていく。ああ、何か物騒な話しをしている。
「幽鬼の件といい、侵入者といい……。アーレンスの機嫌は最悪だったぞ。あれは何人か犠牲になったな」
想像出来てしまった。
ごめんなさいバルニエルの神官たち、と何となく謝っておく。多分レオドーラも被害者となっただろう。
やや陰鬱となってくる私やキースをよそに、愉快そうに話すフォンエルズ枢機卿。すれ違った神官が足早に去っていく。
ブランシェ枢機卿の部屋につくと、フォンエルズ枢機卿は指を鳴らし、"術"を展開させた。波紋となって部屋に広がったそれは防音のためらしい。
そんなことをするのだから、それなりの話しがあるのだろう。
「幽鬼の件で、君が聞いたという声について少し話そう」
<お前が鍵を握っている。真実を探せ。断罪せよ。あいつらは何か、企んで――――探せ。お前は知っているはずだ。"彼"がお前に……お前でしか―――>
幽鬼から見えた光景と、聞こえた声。私の名前をはっきりと口にした、それ。
ソファーに座った私とブランシェ枢機卿が、フォンエルズ枢機卿の話に耳を傾ける。
「アガレス・リッヒィンデルが何故、あんな事件が起こしたのか。君は知っているか」
「いえ…」
「あの事件に関しては動機不明、または闇堕者となったのではないかとされている」
今から約二十年ほど前に、アガレス・リッヒィンデルが枢機卿と神官を殺害したというあの事件。
アガレスはかなりの実力者で、枢機卿にと推されることもあった。ヴァンパイアの神官といえば、セラヴォルグ・フィンデル、アガレス・リッヒィンデル、ヨウカハイネン・シュトルハウゼンの三人が有名であった。
かの三人は些か癖がありつつ、尊敬もされていた。勿論、アガレスも。人柄も悪くなく、何故――――あんな事件を起こしたのか。闇術の研究をし、ついに闇に身を堕としたのではないかとも言われていたが……理由不明なのだ。