とある神官の話







 約二十年前のこと。
 地方で起こった事件等の報告書を提出すべく、ヴィーザルは久しぶりに聖都へ足を踏み入れる。当時、ヴィーザルは各地で事件を引き起こす闇堕者を片っ端から捕らえ、または倒していたが……それには理由があった。




「お前は知っているな?」

「―――復讐、だろう」

「育った施設が全焼し皆が亡くなった。後で建物からは禁術使用のあとが見つかり、神官となっていたヴィーザルは犯人を見つけるべく動いていった」

「犯罪者は聖都には姿をあまり見せないからな。それであいつは地方を点々としていたのだ。私の忠告を聞かずに」





 育った"家"、そこへよく顔を見せにいって、出迎えてくれた院長や子供たちの仇をヴィーザルは取るべく日々を過ごす。
 途中片腕を負傷し、のちに"隻腕の剣士"などと呼ばれるようになった。「見るたびにあいつは明るさを失って、幽鬼のようになっていった」アーレンスは当時を思い出しているようで、言葉には懐かしさよりも苦しさが滲んでいた。

 そして、話は聖都へとやってきたときへと戻る。


 そんな背景があるヴィーザルは、報告書を提出したあと―――"何か"を気づく。それは勘ともいえるもので、足を進める。
 死体。血。そこに立つ有名人を見る。
 ヴァンパイアで神官といえば、アガレス・リッヒィンデル、セラヴォルグ・フィンデル、ヨウカハイネン・シュトルハウゼンの三人が聖都では名前が知られていた。ヴィーザルももちろん、知る名前だった。
 その中の一人、アガレスが神官や枢機卿を殺害していた場に彼は足を踏み入れてしまう。
 ―――何故。
 アガレスは殺気を放ち、刺さっていた剣を抜いた。血だまりに沈みつつある男…金髪に、青の目の男へ、敵意を剥き出しで向かう。
 殺害しようとしていた。
 ヴィーザルは剣を抜き、その金髪の男を庇おうとした。何がどうなっているのかわからないまま、まずはこんな惨劇を引き起こしているアガレスを敵とした。現状を見たなら、恐らく誰もがアガレスを敵だとするだろう。
 勝ち目など、あるはずがない。



『何故、貴方がこんなことを!』
『何故?何故だと?下らぬことのために、何人もの人が死んだと思っている!』
『何、の……』



 この時のヴィーザルは何故アガレスがこんなことをしているのかわからない。
 邪魔だ、とヴィーザルは後方へ投げ飛ばされた。衝撃。近くには死体が転がっている。頭を打ったのか、目の前が真っ暗になった。そして再び目があいたとき、その前に見たときよりもアガレスは負傷していた。



『――貴様が多くを殺す連中の元凶だとは誰も思わぬだろうな』
『あ、なたは、愚かだ。勝てると、でも思っている、のか?今、"敵"となっているのは、わたし、ではない。貴方だ』




 ヴィーザルは立ち上がり、近づこうとする。『消えなさい』そんな声に顔をあげると、青白い文字の帯がアガレスへと巻き付き、金髪の男が狂ったように笑う。『私は、目的を果たすまで』と、その容姿とは裏腹に邪悪な表情を浮かべ、そして……。

 ミスラは一度口を閉じる。




「ヴィーザルが覚えているのは途中までだそうだ。アガレスが怒り狂う声を聞いたあと、目の前が光でわからなくなったという。再び目を開いたときには聖都ではなく、別の場所だったと」

「転移術か?しかし」

「リシュターか、アガレスか。どちらも可能性はある。後者が何らかの方法で唯一生きていたヴィーザルとともに脱出した、とも考えられるが…わからないな」




 そう簡単に転移術は使えない。
 だが、自分達が知らないだけかもしれないのだ。
 ミスラが「一つ」と続ける。





「セラヴォルグもアガレスも、強い意志を持っていたのに殺し損ねてそこで終わり、だなんていう連中ではない。何かあっても対策は持っていたはずだ。アガレスとて考えと勝算があったからこそ聖都へきて事件を起こした。が、全て殺す気で来たのに、何故一番の獲物を殺し損ねたのか」




 ミスラはハイネンにも言った「あの時、退かざる負えない何かがあったのでは、と考えていた」と続ける。それにはアーレンスが「私もだ」と返した。





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