とある神官の話




 セラヴォルグ、アガレスは柔ではない。任務も多くこなすし、敵を屠る力も普通の神官とは比べ物にならない。そんな男の復讐ならば、多少冷静さを失うとはいえ、達成出来るように動くはずだ。
 しかし、だ。
 ヴィーザルの話を思い出す。
 金髪の男が奇妙なことをいい、かつ青白い文字の帯、術式を発動させアガレスへ向けたというこれが、一番の獲物を目前としていたが退かなくてはならなかった理由ではないのか?
 なら、その青白い文字の帯というのは何の術式だったのか。
 調べる必要はあるが、手がかりはない。


 ―――ヴィーザルが見知らぬ場に飛ばされたときには、青白い顔をしたアガレスがすぐ近くにいたという。そして、彼の口からとんでもないことが語られることで、ヴィーザルは"知った"。




「そのあと、山小屋にヴィーザルを残したままアガレスは消えたらしい。ヴィーザルはアガレスの言った真実、闇の部分を確かめようと動いた」

「死んだとされたあとの目撃情報は嘘ではなかったという訳か……まさかあいつが狙っているのは、リシュター絡みだった、とかか?」




 ミスラがそうだ、と返した。
 そう。表上死人となったヴィーザルは、裏の世界に潜るしかない。あちこち探るうちにアガレスのいった人体実験などが本当であることを知ったのだ。
 彼は牢で「あいつらはヒトではない」といった。それはやはり、"見た"からなのだろう。
 そして麻薬に手をだし―――体を蝕まれ中毒になり、幽鬼のようにさ迷いながらも、リシュターやヤヒアなどを殺害すべくか機会を伺っていたのだ。その間アガレスともまた動いたり、ヒーセル枢機卿と手を組んだりしたことが絡み、今に至る。
 リムエル故、体は丈夫ではあるが麻薬にひどく蝕まれてしまっている。あのままリシュターらに立ち向かっても勝ち目はないであろうことを本人はいっていた。だが、アガレスらが確実に殺せるためのコマにはなれると思っていたと。
 そこから出たのは諦めと覚悟の顔だった。


 アガレスといたから、シエナのことも知っていたのだ。
 そして餌食にさせぬと動いた。




「いつの時代も、それこそ王国時代でもこんな事件があったから…多くを処分したのだろうな」



 教皇がまた、国王だった時代。
 多くの術式などが危険とされ、"処置や"処分"された。今でも聖都に多くその"残骸"が残る。時おり地方で発見されることもあり、それらも調べたあと厳重に管理、または処分してしまう今……世界はその時代に比べると平和になった。戦争こそなくなっていないが…。
 大きな破壊の力を持っていて、なになるのいうのか。

 もし、とアーレンスはいう。




「あの子が手のつけられない状態であったなら、ハイネンらは」




 そこで言葉に詰まった。
 死んでいたなら、まだ諦めがつく。だが、目の前でそんな状態であったなら……やむを得なくなるだろう。だが「私は信じているのだよ、アーレンス」とミスラは返した。
 氷がとけて、たらい一杯の水となってしまっていた。手を伸ばし、再び凍らせる。
 電話の向こうではアーレンスが相当な顔をしているだろう。



「何たってあのセラヴォルグ・フィンデルの娘だ。それに今ならお前や私、ハイネンなどがくっついているだぞ?―――最強ではないか」



 シエナには多くの味方がある。枢機卿に高位神官にと盛りだくさんだ。
 不安はある。ぬぐいきれない不安。だが、それでも進むしかない。信じるしかないのだ。

 ミスラの言い切ったそれに、アーレンスは「そう、だな」と沈んだ声のまま返した。









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