とある神官の話
シエナが姿を消したということをアーレンスから聞いたとき、この人は何を言っているんだ?と真っ白になった。
消えたって、なんだよ。
目覚めないとかいうゼノン・エルドレイスのいる聖都に行ったじゃないか。向こうでもちゃんと守れるようになっていたんじゃなかったのか。
なのに、何故。
手を強く握りしめる。
ゼノンは目を覚まし、ハイネンらとともに動いているそうだが、レオドーラは聖都に行って一発殴ってやろうかと本気で思った。しかし、そんなことをしたところでなんになる。そもそもゼノンを殴るのは間違いだろう。
シエナについていた者になら、と思う。何で守れなかったんだよと。だが、それも違う。
向こうだって、ちゃんとしていたはずなのだ。わかっている。
わかって、いる。
街からちょうど離れた結界の向こう側に出ているが、とくにこれといって何もない。あるとしたら、自分たちと同じ格好をした神官くらいだ。
彼らはこちらに気づき、視線を向けてくる。お疲れ、などといいながら汗を拭う。
「何か変わったことはあったか?」
「魔物が少し近くまできたが、すぐ逃げたというくらいだな」
先に周囲を警戒して回っていた者たちは「しかし、何だか嫌な感じがした」という。
「嫌な感じ?」
「ああ。何だか見られているような感じがした」
「ついにファンでも出来たんじゃないのか?」
「うるせえよ」
新人はさらに不安そうな顔をしていたが、少し笑みが戻る。
彼らと今からレオドーラたちは交替することになっていた。「干上がるなよ」などと軽口をいいながら別れたあと、レオドーラは嫌な感じ、ねぇ…と口には出さなかったが引っ掛かっていた。
少しでも何かあったなら、報告モノである。
しかも結界外なので、突然魔物が出てくることもあるので更に気を引き締めなくてはならないので「よし、行くぞ」と頷きあう。
今、レオドーラはひどく落ち着かなかった。怒りと不安で、苦しかった。苦しくて、どうしようもない。今は仕事で紛らせているが、落ち着かない。
アーレンス・ロッシュにも言われたが、冷静さを失うわけにはいかない。
ただ突っ走った先に待つのは、何もない。不利になるのは避けなくてはならないのだ。
わかってはいる。
わかってはいる、のだが……。
汗を拭いながら、眩しい日差しに目を細める。いい天気だった。
時期が時期故に、たびたび足をとめて休憩を取りながら見て回った。木陰に入ればいくらかは涼しい。
休憩あと、進んでいた時のことだった。
何だ……?
レオドーラはこの暑さのなかで、悪寒がした。熱があっての悪寒ではない。もっとこう、ぞっとするような"何か"。
足をとめたレオドーラに「どうかしました?」と新人が声をかけてくる。それに「嫌な感じがする」と返す。新人の表情が強ばる。同僚には緊張感が漂い、剣に手が添えられた。
似たようなのを、感じたことがある。
それは、真横から悲鳴とともに姿を見せた。
「幽鬼だ!」
闇に引きずり込もうとする悲鳴と手。
心臓を鷲掴みされたかのように固まる新人に、レオドーラは舌打ちをする。
動けないなら、動かすまで。
容赦なく新人を蹴り飛ばし、かわりにその刃を受け止める。重い。このままだと押されると滑らせて流す。