とある神官の話
―――少し前。
アーレンス・ロッシュの息子二人が民間人を装った者らに襲われ負傷した。その時、民間人を装った者の他に"人ではない、人の形をしたもの"が数名襲ってきたのである。
偽民間人は不利だとわかると刃を喉に突き刺して自害。残ったのは死など恐れぬ人形で、捨て身状況の攻撃に兄弟は苦戦。最終的にファーラント・ロッシュの能力で粉々に破壊したという。
そんなこともあったため、街の結界外も警戒が強められているのだ。
互いに冗談などを言い合っているが、気が抜けない。
さっきから新人は同僚の話を聞いて答えているが、せわしなく周囲を見ている。緊張してもいるのだろう。
シエナに自分の想いをのせた言葉を使ったとき、シエナは驚いたような顔をしていた。それもそうだろう。"あの"レオドーラが、と。
聖都に行くな。頼むから守らせろ。
今思うとまあ、とんでもないことをいったものだなと思う。言われた本人なら尚更だろう。
……らしくない。
だがあれは、本心だったのだ。
引き留めるようなことをいっておいて、自分はちゃんと転移術を使う許可をとったりと動いていたのだから、もう何がなんなのか。
別にふられたわけじゃない(そもそも告白してない)。なのに、だ。
ふられたのと同じようなダメージをレオドーラは喰らっていた。そしてファーラント・ロッシュに「ふられたか?」などといわれ更に撃沈。シエナには伝わらず、余計で面倒な男に知られていたという、なんとまあ残念なそれに苦笑じみた何かが浮かぶ。
自分は、そう、友人。
腐れ縁でしかない。
頑張ればから回るし、繕ってもばれるし自分が嫌だからそもそもしてない。
本当、あのゼノン・エルドレイスみたいに猛烈にアタックすればよかったのか?いや、違うだろう。
一歩。
友人というものを変えるのが怖かったのだ。変えないと進まないのはわかっている。だが、そう簡単になるわけがない。男女ではあるが、性別なんていうのは関係なく話したり出掛けたりしていたのだ。
全く、その、恋人というそれを考えることがなくてもおかしくないし、幼馴染みであるなら普通かもしれない。
―――うわ、またやからしたの?
―――またっていうな!俺だってなあ…
―――あ、そう。じゃあノートはいいんだね。
―――シエナ様どうか俺を見捨てないで下さいませ頼むから!
まだ見習いだったころ。
座学ではよく眠くなり、ついノートを取り忘れることがしばしばあった。それでよくシエナに見せてもらっていたことを思い出す。
レオドーラ自身、別に友人がいないわけではない。だが、何でも話しやすかったのだ。
自分が一歩踏み出せば、そんな"普通"がなくなってしまいそうで、怖かった。
一方、ゼノン・エルドレイスはといえば、だ。
彼がどうやってシエナと出会い、惚れたのか、あんな風に話すようになったのかはレオドーラは知らない。
だが、彼はシエナの過去を知っても、猛烈さは変わらなかった。
正直、すげえよお前―――とおもったのだ。シエナの過去は、そんな優しいものなんかじゃない。だからこそ、だ。もしそれでゼノンが変わってしまったなら、レオドーラは殴ってやったかもしれない。
シエナは、そう。
いつか自分の気持ちに気づくだろう。
もしかしたら、もう……。
ファーラントにはなんとも言えぬ顔で「つまりあれか、身をひくのか」といわれた。そうなるだろう、とレオドーラは思う。
シエナのことは、好きだ。
だが…と。
別に付き合ってどうこうするのが、"愛"とは限らないのだ。
「―――らしくねぇな」
小さくそうもらす。
同僚と新人が「そう固くなるなって」「ですが…」などと話しているのが聞こえた。
緊張感のようなものはあるが、アーレンス・ロッシュのような人を殺せるような雰囲気ではない。