しあわせうさぎのおはなし
「なんだこれ」
そう言った彼の視線はぼくに向いていました。不思議そうに僕を眺めていた彼は、棚の影に手を伸ばしたかと思うとおもむろにぼくを手に取りました。
「これはっ」
くーちゃんは慌てて彼の手からぼくをひったくりました。くーちゃんの顔は真っ赤でした。
「ずいぶん年季の入ったぬいぐるみだな」
微笑ましそうに彼は笑いました。そんな彼の言葉をくーちゃんはどう受け止めたのでしょうか。
「これ、もうぼろぼろだから捨てるつもりだったんだよね」
一瞬、ぼくはその言葉の意味を理解することができませんでした。
「いいの? これ大事なものなんじゃ……」
彼も少し驚いているようでした。少し押し黙り、いつもよりもやや明るい口調でくーちゃんは言いました。
「いいの。高校生にもなってぬいぐるみなんていらないもの」
ここからでは、くーちゃんの表情は見えませんでした。
(捨てる? くーちゃんが、ぼくを?)
何かの冗談でしょ? そう叫びたいのに、ぼくの声はくーちゃんには届きません。子供のおもちゃである以上、いつかお別れの日が来ることはわかっていました。でも、ずっと一緒だったのに、昨日の夜も、おやすみって一緒に寝たのに……。
そのあと、二人は他愛もない話を続け、彼は夕方帰っていきました。その間、ぼくの話が再び出ることはありませんでした。