桜麗の社の影狐
狐火編 第三譚
「・・・街を覆う影が揺れてる。祭りのアレが原因か?」
すすき野原で、妖の架月と眞宙が話している。
「『鎮魂の儀』・・・どうだろう。毎年行われているようだが、今までは何も無かったぞ?」
架月が続ける。
そしてその言葉に、眞宙が答える。
「今まではな。でもアイツもいつまでも寝てる訳じゃないのかもしれないだろ?」
眞宙がそう言うと、架月は野原の中へ入っていく。
「・・・・・・」
それを横目で見ながら眞宙が続ける。
「街の感じも変わってきてる。人々の中にも気付き始めてるのがいるのかもしれない。」
架月は、野原と歩道を区切る柵の上に止まった一羽の鴉に話しかける。
「・・・なぁ、御榊によろしく言っといてくれよ。最近『宴』のヘタクソな奴が多すぎて感じ悪いぜって。」
眞宙が付け足す。
「そういう妖怪の処罰は御前等の管轄なんだからしっかりしてくれよ。」
眞宙が話し終えると、鴉はバッと柵から飛んで行く。
「・・・ふん・・・いっそアイツも早く起きればいいのに。」





      * * *

携帯の着信音が鳴る。
母さんか。
店番・・・はいいんだけどまさかあいつらまた待ち構えてるんじゃないだろうな・・・
とりあえず、帰る準備するか。
「空木!今日も勉強会あるけどどうかな?」
鞄の中に教科書やノートを詰めていると、生天目が話しかけてくる。
「あー・・・悪い、生天目。今日も用事あって・・・」
俺がそう言うと、生天目はがっかりとする。
「そっかぁごめんね何度も。」
「いや、ノートありがとな。」
ふいに、昨日の結羅の言葉が甦る。

『何か君、知ってる感じがするんだよね』

『昔会ったことがあるような』

そして古い記憶の欠片が甦る。

自分と、誰かがいる。
だが相手は逆光のようになり、顔がよく見えない。
そしてその人物に、手を差し伸べられる。自分はその手を取る―――





「どしたの?空木。考え事?」
「いや、別・・・に・・・!?お前なんで・・・」
顔をあげると、結羅がいた。
今日は学生服風のブレザーを着ている。
またこのパターンか。
「へへ・・・外で待ってたんだけど学校の中ってどうなってるのか見てみたくて・・・入ってきちゃった☆」
・・・やたら可愛いな。
周りの生徒達がぞろぞろと集まってくる。
“他校生?”
“かーわいー”
“どこの子だろ?”
周りの言葉など気にせずに、結羅は相変わらず楽しそうだ。
「あれ?なんかすごい見られてる?」
などと言ってキョロキョロしている。
こいつのバカは本物か。

      * * *

時間は今朝に遡る。
薙に起こされ、朝餉を食べていると、紅蓮が人の姿をとってこちらへきた。
「おい結羅!今日も街に降りるだろ?そのときはよ、この服着ていけよ。」
と言って渡されたのが今私の着ている『ブレザー』と『スカート』なるものだ。
ブレザーの下には白のブラウスと紺のベストを着て、襟にはリボンを着ける。ブレザーは黒と白が使われている。スカートはリボンと同じ赤のチェック柄である。
話を今に戻そう。
私は今、空木に会いに、『高校』へ来ている。
始めは外で待っていたのだが、学校の中が気になり入ってきたのだ。
そして空木のクラスを見付け、入っていくと、沢山の人々に囲まれてしまった。
すると突然勢いよくドアが開き、おじさんが入ってくる。
「キミ!他校の生徒か?入校許可は取ったかね?」
と入ってきたおじさんに言われる。
「やべ!出ようぜ結羅!」
紅蓮が慌てたように言う。
「あ、うん。行こ!空木」
私はそう言い、空木の手を取る。

       * * *

結羅は先生に見付かると、俺の手をとってきた。
「えっ」
俺が状況を把握できずにいると、結羅はすたすたと歩き始める。
「・・・おいっ昨日からほんとになんな訳?俺に一体何の用だよ?」
結羅は俺の疑問に、微笑を浮かべて答える。
「だから昨日も言ったじゃない。キミと仲良くなりたいんだってば。」
・・・こいつ・・・どうしてあいつと重なるんだ?

校舎から出ると、一旦立ち止まる。
俺が無言でいると、結羅はばつの悪そうな顔をする。
「空木・・・怒ってる・・・よね?」
繋いだままの手をほどき、マフラーを結び直す。
すると結羅はもっとばつの悪そうな顔をする。
・・・怒っても無駄か。
「・・・別にもういいけど、学校の中には入って来んなよ?」
「はい・・・」
うぅ・・・こいつちゃんと反省するのか・・・
「分かったならそれでいい。じゃあ俺今日も店番だから。」
俺がそう言うと、結羅が残念そうな顔をする。
「え~折角早起きして来たのに~」
「そうだぞ!三年寝太郎の結羅がこんなに早く起きるなんてどれだけの奇跡・・・」
素朴な疑問について聞いてみる。
「気になってはいたんだけどその犬なんで喋ってんの?腹話術?」
俺の疑問に、結羅は苦笑する。
そして結羅の代わりに犬が答える。
「犬じゃねぇ!狐だ!紅蓮様だ!!」
なるほど。狐か。
「紅蓮開き直ってるし・・・」
結羅が呆れたように呟く。

校門の方へ行くと、人だかりができている。
“どうしたのあれー”
“何してるんだ?”
びゅうっと秋の空風が吹く。
校門へ目をやると、メガネをかけた中学生がいた。
「うげぇ・・・」
だが相変わらず結羅は楽しそうだ。
「あ、秋良だ」
結羅の肩に乗っている小動物は、呆れたような顔をする。
「アイツすげーな・・・まるで川の流れを塞き止める一本の樹木だ・・・」
ごもっとも。
「何考えてんだアイツ・・・」
そんな俺に対し、結羅はにこやかに言う。
「秋良っておもしろいね~」
などと言っていると、校舎から先生が出てきて奴を退かせる。
「キミ!皆が下校出来ないから退きなさい。」
先生に追い出された奴は、俺達を見付ける。
「あ。気付いた」
結羅の呟きの後に、奴は大声で話し掛けてくる。
「待っていたぞ結羅とやら!!今日は何を企んできた!!」
奴の言葉に結羅と小動物は若干迷惑そうな顔をする。
無理もない。周りの生徒達から目線を浴びる。
「・・・ハァ・・・」
俺が溜め息を吐くと、奴が結羅から俺の方に目線を移し、話し掛けてくる。
「む?良くないな、空木。溜め息を吐くと幸せが逃げるというぞ。」
「・・・俺は店番があるからお前らと遊んでらんねーんだけど。」
「開運堂だな。いつもより時間が早いが大丈夫か?」
「・・・何でそんなこと知ってんだよ・・・」
「うわぁ・・・」
小動物まで奴に軽蔑の眼差しを向ける。
「なんだ?どうしたお前ら。」
奴は何がいけないのかさっぱり分からないとでも言うように聞いてくる。
「秋良のストーカーぶりは置いといて空木のお店行こうよ~」
結羅が腕を掴んでくる。
「はぁ・・・なんでこうなる」
「あ、また幸せが逃げた。それより早く行こうよ空木~」
そう言って結羅は腕を掴んで歩きだす。
「ちょ・・・おい!」
「行こ~!」
なんでこいつはこんなに楽しそうなんだ。
やはりこいつは謎だ。
    
      * * *

ガチャリと裏口の戸を開けると祖母が店番をしていた。
「あら。紅葉がお友達を連れてくるなんて珍しいねぇ。」
祖母が結羅の方に目を向けて話し掛けてくる。
祖母に対し、結羅は綺麗に笑って挨拶する。
「こ・・・こんにちは、おばあさん。いつも空木君にお世話になっております。えぇ・・・っと、ふ・・・ふつつかものですが、よろしくお願いします!」
確かにお世話してるな。いつも、ってのは間違いだが。まだ会って三日目だぞ?てかふつつかものって・・・結婚の挨拶でもあるまいし・・・
「はい、よろしくね~」
と笑顔で祖母が答える。
「店番、俺がするから病院行ってらっしゃい・・・友達じゃないです・・・」
俺の言葉に、祖母はありがとう、と言って店を出ていく。
「はぁ・・・」
「うーつき!どしたの?元気ないね」
また結羅が心配そうに顔を覗きこんでくる。
「いや・・・何もない・・・」
「・・・そっか。あ、どっか痛いとことかあったら言ってね。いつでも治すから。」
はぁ?
「治すって何をどうやって治すんだよ。」
「あー・・・何もない。」
俺の質問に、かなり焦ったように答える。
「それより空木ーなんか楽しいお話無い?」
「無い。」
即答すると、結羅はつまらなそうな顔をする。可愛い。いじめたくなる。
「・・・じゃあさ、結羅って普段どこに住んでんの?」
素朴な疑問について質問してみる。
「桜麗神社。」
はぁ?桜麗神社?
「そ。境環街の守り神の祀られてるあの桜麗神社。」
「知ってるけどさ・・・」
・・・その話、なんか気になるな。
「あ、空木今さ、この話気になるって思ったでしょ?」
・・・何でわかるんだ?
「あ、更に何でわかるんだ?って思った」
「・・・何でそんなこと分かるんだ?」
俺が質問すると、結羅は目を輝かせて聞いてくる。
「空木、聞きたい?ねえ聞きたい?聞きたいよね!?」
なんだ?こいつそんなに聞かせたいのか?つーか可愛いなぁ。
「言いたいなら言えよ・・・何でも聞いてやるから。」
「・・・別にさ、聞かせたい訳じゃないんだけどさ・・・とにかくさ、あるんだよね、私には。そういう力が。」
「・・・結羅、お前話してよかったのか?」
小動物が驚いたように言う。
そして小動物の質問に、結羅は静かに目を閉じて答える。
「空木にならね、話してもいいかなって。私にはそういう力があることを。」
「・・・そうか。」
小動物は静かに目を閉じる。
結羅は目を開き、俺の方を見る。
綺麗な人だ、と思う。
そして俺の目を見ながら口を開く。
「・・・空木ならね、私が他の人とは違うんだって分かっても、変わらずに接してくれるんじゃないかなって思ったの。」
そう言って、俺に真っ直ぐな視線を向けてくる。
綺麗な目だと、改めて思った。
夕暮れの光を浴び、彼女の目は焔を連想させる色に輝く。
「私は、空木を信じていい?」
結羅の目の中で、炎が揺らめいた。全てを喰らい、灰塵に帰してしまう炎。業火と呼ぶのが相応しいだろうか。
・・・焼かれてみようか。
それともこの炎は結羅だけのもので、俺はただ、黙って見ていることしか出来ないのだろうか。それでも・・・それでも、俺はこの少女の傍にいてみよう。
俺がその意を示す言葉を口にするまで、結羅は何も言わずに待っていてくれた。
「・・・ああ。」
俺の返事を聞くと、結羅は美しく、艶やかに笑う。そして、目を伏せて呟いた。
「・・・ありがとう」
結羅の頭を撫でてみる。
結羅は気持ちよさげに微笑む。
「紅葉」
暖簾越しに祖父の声がする。
慌てて結羅から離れて返事をする。
「じいちゃん、どうしたの?」
すると、暖簾を潜り、祖父がカウンターへ入ってくる。
「紅葉、友達かい?」
「あ・・・ああ。まあそんな感じ。でも何でそんなこと聞くの?」
「ん?特に理由は無いんだが、書斎で小説を書いていて、お茶でも淹れようと思って台所へ行ったら何やら楽しそうに話す声が聞こえてな。それが気になって来てみたんだ。」
「そっか。」
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