脱力系彼氏
 ぐるりと目だけで周りを見渡すと、白1色の部屋に薄黄色のカーテンがいくつか、風でひらひらと揺れている。消毒液の、鼻を突くような独特な匂いがした。

ここは、病院だ。


冴子の反対側にいたお母さんが、呆れた顔であたしを見ている。あたしの手を握ってたのは、悪魔じゃなく、冴子だった。

「あれ……? あたし、死んだんじゃなかったの?」

「骨折くらいで死ぬか、馬鹿」

骨折? ……車に撥ねられて、骨折だけ?


「骨折しかしてないの?」

「あとは頭打っただけだよ」

あたし、なんて丈夫なんだ……

「娘の一大事だって言うのに、お父さんはいないの?」

あたしが素朴な疑問を口にすると、お母さんは、また、呆れた、と溜め息を吐いた。

「骨折だけで済んだって聞いて、安心して会社に行ったわよ」

「あたしの、普段の牛乳ガブ飲み生活の賜物だね」

「いや。足、折れてんじゃん」


「綾。お母さん、1回家にあんたの着替えとか取りに行ってくるね。冴子ちゃん、あとお願いしていい?」

「あ、はい! 行ってきて下さい」

お母さんは冴子に一礼し、他のベッドの患者に愛想笑いしながら、病室を出て行ってしまった。
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