結婚白書Ⅰ 【違反切符】


結納をかわす

なんて古風で甘美な言葉だろう

私達は 3ヶ月後に結婚する


去年の春 思いがけず見合いをした

結婚なんて考えてもいなかったのに 


いきなり会わされて

断る理由がなくて  

毎日彼と会った


友人達は 5日間で結婚を決めてしまった私を

”信じられない” と口々に言う



以前の私なら 同じことを言っただろう

でも こんな出会いもあるのだと 今なら言える





振り袖は 着付けができる姉が着せてくれた



「このお着物 袖を通すのは今日が最後ね」



母が感慨深く 着物の柄に目を落とす

髪を高く結い上げたため 首を撫でる風が冷たかった



春の訪れを待って 私達は結納をかわした

濃紺の背広を着た高志さんが 私を眩しそうに見ている

横に並ぶと 気恥ずかしい  

けれど 嬉しさがこみ上げてきた



「着物 似合ってるよ」



耳元で素早く言うと 彼は照れくさそうに 顔を背けてしまった





高志さんが わが家に結婚の挨拶に来たあと

叔母達は そろって今後の段取りをさせて欲しいと言ってきた



「これから 二人で話し合って決めていきます」


「でも 離れてる貴方たちには無理よ」


「いえ 大丈夫ですから」


「結納はちゃんとやってね これは譲れないわ」



叔母達には世話になったし これ以上は反対できなかった





「ここに 桐原家 杉村家の婚約が無事ととのいました 

おめでとうございます」



お仲人さんが 私達の婚約を告げる

高志さんにはめてもらった婚約指輪が 薬指で誇らしげに見えた





夕方 私を迎えに来た彼は いつもと同じなのに

この人が私の婚約者だと 意識してしまう





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