結婚白書Ⅰ 【違反切符】


水族館は私にとって思い出の場所

ここは 高志さんと初めて会った日に来た

そして 翌日の夜も・・・



「前のジンベイザメに比べて小さいね これも大きくなるのかなぁ」



あの時と違うのは 水族館に入ったときから 二人の手が繋がれていること

以前付き合っていた彼が いきなり目の前に現れ 動揺した私を 

彼は 力強く手を引いて その場から連れ去ってくれた

その日を境に 私の気持ちは彼から完全に離れ 高志さんに向いていった


今は この人にすべてをゆだねて 安心して歩いている

こんなに穏やかな時がくるなんて あの時は想像もつかなかった



「この時期の水族館って 寒々しくてちょっと寂しいね」



首のあたりに冷気を感じ ブルッとふるえると

彼の大きな手が肩にまわされて 引き寄せられた



「寒そうだね ラウンジで温かいものでも飲もうか」



デンキナマズの青い光も 今夜は冷たく見えた





昼間 海が見渡せる展望ラウンジは 夜は対岸の夜景が見える

閉店間際のせいか 店内は人気がなく閑散としていた

寒気を感じ 首に手を当てた



「わっ 冷たい」



彼も 手の甲を私の首にあてる



「和音の首 冷えきってるよ」



そう言うと 私の首を両方の手で温めてくれた



「高志さんの手って温かい このままじっとしていたいなぁ」



気持ちよくて目を閉じた



「水族館は 私にとって大切な場所なの 

高志さんのお陰で 前へ進むことが出来たから」


「俺にとっても大事な場所だよ あのとき 和音を大事にしたいと思った」



首に当てられていた手が 頬を 唇をなぞる

目を閉じたまま 彼の手を敏感に感じていた

この人と いずれ結婚するのだという安心感は

何の迷いも 不安もなく 

何度目かの再会で 彼と肌を重ねた

 


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