オルガンの女神
ボズが“隔離"を解いた頃、未だ両者譲らぬ一戦が繰り広げられていた。
暴君(サップ)の手には“パームの金貨"。肝心の氏は白目を向き、口端に泡を溜め転がっている。
それをちらりと目視したベックは、一度敵と距離を置き、腕時計を見る。
同時にほっと息を着き、“煙"を纏(まと)う特兵ガンツを見据えた。
「残念だが、お遊戯の時間はここまでだ」
「どういう事だ」
そう疑問を問う刹那、二人を結ぶ直線上に、突如一人の男が現れた。
徒歩でも、車でも、ましてや飛空艇でもない。
不明確な“移動手段"により、突如現れたのだ。
「やれやれ。俺を雇うからどんな案件かと思えば、派遣型軍事組織WALTZ(ワルツ)様までいらっしゃるとは。どうせ自分(てめえ)で仕組んだんだろ」
黒いハット。襟足が伸びたブラウンの髪。雪華模様(白黒)のニット。同色のボーダー柄マフラーとパンツ。
薄い顔立ちのその男。
アニ・オートマルクス。
アニが呆れ顔で問うと、ベックは口端を緩めて「笑えるだろ」と答えた。
「何者だ貴様。何故ここにいる…!」
「何者。何故。そうさね、なら軽く自己紹介をば」
そう言って手を胸元に当てるアニ。
「まず俺への依頼は、指定された時刻に指定された場所に現れる事。だから俺はそれまでの間、東大陸のパラミドール石盤の上で読書をした後、西大陸のカロチナ庭園で五つ子サボテンを観察し、南大陸のダイニエゴ牧場の首長牛から200ml分の乳を購入、それを北大陸の熱氷(ホットアイス)で温め、リューアヌ海域を運航中のマゼッタ・ドイーユ号の甲板で一息。そこで指定された時刻がきたんで、俺はここにいる」
「馬鹿を言え。東大陸から西大陸に移動するのですら三日は掛かる距離だぞ」
「へえ、そうなのか。だけど俺に距離は関係ないな。何故なら俺は…───」
“運び屋(クロネコ)"だからね。