オルガンの女神
ひとたび瞬きをすれば、左手には葡萄(ぶどう)が一房握られており、それを一粒口にすると、葡萄は林檎に姿を変える。
その林檎を掌(てのひら)で弾ませていると今度は酒瓶に。
ゴムボール、骸(むくろ)、書物、槍。
統一性もなく次々と姿を変える品々が、やがて最後には姿を消した。
これは己を誇示する為の、運び屋(クロネコ)によるパフォーマンス。
「いかがかな」
「運び屋(クロネコ)。なるほど、つまりそれが“転送"の力って事か」
「御名答」
転送…───。
物、人を問わず、あらゆる場所に“送る"事ができる力。
アニは大陸に属さぬ孤島を一つ持ち、そこに食糧、酒、武器、車、宝などを収納している。
“倉庫島(ツールスポット)"と呼ばれる離れ孤島だ。
そこから必要に応じて物品を“転送"している。
それがアニ・オートマルクス。
運び屋(クロネコ)の能力(スペック)。
「長居は無用だ。それでは“特兵殿"、我々はこれで失礼する」
わざとらしい言葉遣い。
暴君(サップ)に肩を支えて貰いながら、ベックは口端を曲げる。
「ちょっと待てよ。俺はなんの為に呼ばれたんだ?」
「ああ、ロック・ボルドーまで送ってくれ」
「おいおい、勘弁してくれよ。報酬はちゃんと三等分だろうな」
「それでは、またの機会に」
「───…っ!ま、待てっ」
だがその声は届く事なく、虚しく空へ溶けていった。
炭酸のように騒ぎ立て、蝋燭(ろうそく)の火の如く呆気なく消える。
それがお調子者(ウッドペッカー)。
それが掃除屋(クリーナー)。