オルガンの女神

ひとたび瞬きをすれば、左手には葡萄(ぶどう)が一房握られており、それを一粒口にすると、葡萄は林檎に姿を変える。

その林檎を掌(てのひら)で弾ませていると今度は酒瓶に。

ゴムボール、骸(むくろ)、書物、槍。

統一性もなく次々と姿を変える品々が、やがて最後には姿を消した。

これは己を誇示する為の、運び屋(クロネコ)によるパフォーマンス。


「いかがかな」

「運び屋(クロネコ)。なるほど、つまりそれが“転送"の力って事か」

「御名答」


転送…───。

物、人を問わず、あらゆる場所に“送る"事ができる力。

アニは大陸に属さぬ孤島を一つ持ち、そこに食糧、酒、武器、車、宝などを収納している。

“倉庫島(ツールスポット)"と呼ばれる離れ孤島だ。

そこから必要に応じて物品を“転送"している。

それがアニ・オートマルクス。
運び屋(クロネコ)の能力(スペック)。


「長居は無用だ。それでは“特兵殿"、我々はこれで失礼する」


わざとらしい言葉遣い。

暴君(サップ)に肩を支えて貰いながら、ベックは口端を曲げる。


「ちょっと待てよ。俺はなんの為に呼ばれたんだ?」

「ああ、ロック・ボルドーまで送ってくれ」

「おいおい、勘弁してくれよ。報酬はちゃんと三等分だろうな」

「それでは、またの機会に」

「───…っ!ま、待てっ」


だがその声は届く事なく、虚しく空へ溶けていった。

炭酸のように騒ぎ立て、蝋燭(ろうそく)の火の如く呆気なく消える。

それがお調子者(ウッドペッカー)。

それが掃除屋(クリーナー)。

< 12 / 19 >

この作品をシェア

pagetop