オルガンの女神
雲が何層にも重なり、陽を一切れも溢さぬ空。
荒廃した街には配管が張り巡り、煙突からは黒澄んだ煙が昇る。
交通整備を放棄された道は凹凸が延々と続いた。
そんなロック・ボルドーの街を、赤髪の男が一人歩く。
ガーゼや絆創膏で処置された身体。手には掃除屋(クリーナー)が愛用する携帯型端末が握られている。
縦8.5センチ。横3.2センチ。厚さ0.8センチ。
通話機能の他、端末毎に指定口座を持ち、残高照会、振込、電子$(シル)の変換・使用、それらを可能にした端末。
端末名称『P-バンク』。
今案件の依頼報酬を確認しながら、配当金をボズとアニの指定口座に振込み、自身の配当額100万$(シル)は小切手にする。
そして公衆電話を探した。少年に尋ねると、街の片隅にある公衆電話まで案内してくれた。
小銭を入れ、慣れた手付きで数字を押してゆく。
数回コール音が鳴った後、男の声が耳に届いた。
『誰だ』
「よう俺だ。もう会議は済んだのか?」
『ベックか。さあな』
電話越しに聞こえる声。
それとは別に聞こえる怒声、悲鳴、奇声。
『いまマフィア間の抗争中でな。それどころじゃないんだ』
「おいおい、副隊長も召集されたんじゃないのか」
『会議なんてのは名目で、しょせんはただの娯楽会さ。茶を淹れて、菓子を食べて、うちの隊はこうだ、そっちの隊はどうだってな。身体が鈍る。だから俺は“単独"で依頼を受けた』
「いいのか、副隊長が単独行動なんて」
そう尋ねると、電話越しの相手は鼻をふんと鳴らした。
また悲鳴…───。
『始末書だろうな。当然さ。だが俺は、この機会の為にお前に力を貸したんだぜベック』
「分かってるさ。“特兵"の席は限られてる。悪い奴だよお前は。身内の失態を自ら演出し、その席を奪おうってんだ。だが副隊長から特進なんてあるのかい」
『だから“単独"なのさ』
「なるほど」