ふたりぼっち兄弟―Restart―【BL寄り】

4.覚醒の怪物-弟-



【4】


(ああ、どうしよう。兄さまと繋がっている携帯を落としちゃった)


 鳥井さんに見つかり、廃れた工場の階段裏から飛び出したおれは無我夢中で二階にあがり、少しでも鳥井さんから距離を取るために走っていた。


 兄さまと通話で繋がった後、おれは安全な場所で会話をするべく、山道の急斜面を下って廃れた工場に飛び込んだ。
 降りしきる冷たい雨風を受けたせいで、全身びしょ濡れ。体の芯から冷えたことで、手足の感覚はなくなりかけていた。

 それでもおれは兄さまと安全に通話するため、また工場に人がいたら助けを求めるため、必死の思いで工場に飛び込んだ。お願い、誰かいてください、と願いながら。

 残念なことに工場は廃墟となっていた。
 工場内は古びた機械やらドラム缶やら鉄工がぞんざいに放置されていた。
 助けが呼べないことに落胆したおれは、暗い工場内を慎重に歩き回った。中は真っ暗だったけど、目が慣れると意外と周囲の状況を確認できた。いざとなれば携帯画面の明かりを頼りに、足元を照らすこともできた。

 古びたドラム缶が詰まれた階段下に目を付けると、おれはそこに身を隠して休憩。時間が経てば経つほど、冷え切った体は言うことをきいてくれなくて、階段下に辿り着く前に何度も躓いた。床に転がっている廃材のせいだった。

 それでもおれは絶望することはなかった。
 なぜなら、手元に兄さまと繋ぐ希望の携帯があったから。
 これさえあれば、兄さまと可能なかぎりお話ができる。警察に情報が渡せる。助けを呼べる。そういう思いがあった。

 兄さまと通話している間、時に益田警部に指示をもらっている間、静かな工場の外は次第に騒がしくなった。
 微かに人の気配を察知したおれは、鳥井さんが来たのかと恐怖する一方、警察が来たのかもしれないとつよい希望を持つようになった。通話で警察がこっちに向かっていることを知ったからこそ、つよい希望が持てた。

 でもパトカーのサイレンは聞こえない。
 それどころか警察を名乗る数人の人間が工場内に入り、おれの名前を呼んで姿を探し始めたことで状況は一変した。
 あれが本当の警察ならなりふり構わず、階段下から飛び出したけど、それらの人間は大丈夫だよ。出ておいで。お兄さんが外で待っているよ。と、甘い誘惑でおれを誘い出そうとした。

 顔見知りの警察が言うのであれば、例えば勝呂刑事や柴木刑事、益田警部が言ってきたのであれば、おれは迷わず飛び出していた。三人とも何度も会ったことがある警察関係者だから、その言葉を信じても大丈夫だろうと判断していたと思う。

 だけど見知らぬ人間にそう言われても、おれは疑いの心しか抱けなかった。
 仮に兄さまが来てくれたのなら、工場の外で待っているなんて言わない。

 おれの性格を踏まえて、警察と一緒に工場内へ入っておれを探してくれる。兄さまはそういう人だ。

 兄さまに真偽を尋ねると、まだ工場に着いていない。向かっている途中だと言っていた。
 だからあれはニセモノなのだと気づき、おれは恐怖に震えた。

 大のおとなを何人も相手取れるほど、おれはつよい人間じゃない。鳥井さんから逃げるだけでも手一杯なのに、数人も相手にするなんて冗談じゃない!
< 213 / 293 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop