水面に浮かぶ月
「冗談じゃないわよ。どうして私があんたなんかの店で」


吐き捨てるように言われた。



「私ね、今、『Anemone』でチーママをしてるの」


『Anemone』といえば、『club S』と並ぶくらいの高級クラブだ。

マナミは『club S』を辞めた後も、まだどこかでホステスをしているらしいという話は聞いたことがあるが、それがまさかあの『Anemone』で、しかもチーママにまで納まっていたなんて。


しかし、だからどうしたというのか。


喧嘩を売られているのであろうことはわかる。

とはいえ、律儀にそれを買ってやる理由はない。



「では、そのうち、私も『Anemone』に遊びに行かせていただきますわ。きっと、噂通りの素晴らしいお店なんでしょうし」


透子は受け流すように言った。

だが、マナミはそれが癪に障ったらしい。



「偉そうなことを言ってられるのも今のうちよ」


マナミは透子を睨み付ける。



「あんたみたいな女に、いつまでもこの街で大きな顔をさせておくつもりはないわ。まぁ、せいぜい、店を潰さないようにもがきなさい」


何かするつもりなのだろうか。

逆恨みもほどほどにしてほしいものだが。


雇われでしかこの街で生きられないあんたこそ、偉そうなことを言うな。


マナミは怒りに満ちた顔で、ヒールを鳴らして店を出ていく。

透子は拳を作った。



ここまできて、あんな女に壊されてたまるものか。



「透子ママ」


今まで後ろで静観していた久世が声を掛けてきた。
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