雪の果ての花便り
彪くんに抱きしめられ、その腕の中で眠ったはずの私が目を覚ましたのは、5時を回ったばかりのころだと思う。新聞配達にきたバイクの音がしたから、きっとそう。
部屋全体に青みがかかり、深夜よりも仄明るいのは、彪くんがカーテンを開けたからだろう。レースカーテンだけでは雪明りを遮ることはできない。
べッドに背を向ける彪くんを見つめたあと、そっと目を閉じた。
……静かだ。
物悲しいのは、雪夜の静寂を破らぬようにと、あらゆる音がひそめられているせいかもしれない。
部屋を歩く音。物を取る音。バッグのファスナーを開ける音。衣ずれの音。彪くんはゆっくりと、持ち込んだ私物を集めているようだった。
寝たふりをする私を気遣ってくれているのならば、嬉しく思う。
私を起こさず黙って去っていくのならば、悲しく思う。
やっぱり彪くんは予想通りに動いてはくれないね。
私は、さよならさえ言えなくなったらしい。
ずるいなあ……。
最後くらい、準備していた台詞のひとつくらい言わせてくれたっていいじゃない。
なんて、心底そう思うなら今すぐに目が覚めたふりをすればいい。
顔の横に置いていた拳が口元を隠せるように、少しだけ顎を引いた。
彪くん、と。意識の中でしか呼べずにいる。
バッグのファスナーがぎこちなく閉まっていく音に、胸がつぶれる思いだった。その痛みを感じた時、とても、とても寂しくなったけれど、目は閉じ続けた。
……ああ、手紙かな。手紙だといいな。
テーブルの上に置かれたなにかへ夢を見れば、彪くんは夢のような一瞬を与えてくれた。本当は起きている私の頭を、撫でに来てくれた。
「ありがとう」
ぽつりとこぼした彪くんの手が離れていく。