雪の果ての花便り
部屋のドアが閉まり、私は薄くまぶたを開けた。
テーブルに頬杖をついて私を見ている彼はいない。私が飛び起きることもない。
ゆっくり、できるだけ時間をかけて起き上がれば、戸口が閉まる音がした。ずるりと掛け布団が肩からすべり落ちる。
テーブルに置かれていた長封筒に伸ばしかけた手が、力なく下がる。手紙であればと望んだその長封筒には、覚えのある銀行名が印刷されていた。
まさかと思ったが財布のカード入れを確認することはなかった。彪くんの手はやっぱり魔法の手なのだ。
枕元に置いてあったケープを羽織り、ベッドを出る。そっとカーテンの端から外をうかがうと、ボストンバッグを肩にかけた彪くんが駐車場を横切るところだった。
彪くんが前に進むたび、白い息がうしろへ流れていく。
ざくざくと鳴る足音が、かき氷をスプーンで崩している音と似ていて、聞いているとちょっとだけ楽しかった。
――行かないで。
鳴り止まない足音をかき消すほど強く願ったのは紛れもなく私自身で、気付いたときには舞い散る雪も、去って行く彪くんも、ぼやけていた。
行かないで。そばにいて。戻ってきて。
何もかも風邪のせいにして、私は繰り返す。けれど絶対、どれだけ胸が圧迫されても口にすることはなかった。
あの日偶然会えて嬉しかった。ひと目惚れがひとつの恋になったから。
一緒に暮らせて幸せだった。もっともっと好きになれたから。
それはうそじゃない。うそじゃないよ。
「彪くん……」
元気でいて。
向こうに行っても料理の腕磨いてね。
風邪引かないでね。頑張ってね。
たまには少しだけ私のことを思い出してくれたりすると、嬉しいかな。
それから、それから……。
すん、と。私が鼻をすすったのは寒さのせいではなかった。
「いってらっしゃい……彪くん」
素敵な時間を、どうもありがとう。