ビロードの口づけ 獣の森編


 ミユが言った通りジンがその本を更に押し込むと、書棚の一部が内側に沈んだ。

 そのまま書棚ごと押し込む。
 動いた書棚が壁と水平になり内側に空間が現れた。

 その奥には狭い通路が暗闇の中に消えている。
 通路の手前にミユが立っていた。

 ジンと目が合ったミユはホッとしたように息をついて、小走りに駆け寄ってきた。


「ジン様、ありがとうございます。奥様は多分この奥です」
「あぁ、そうだろう」


 埃やカビの匂いに混ざって、クルミの甘い香りが漂っている。
 後ろからライがのぞき込んだ。


「こんな隠し扉があったとはねぇ。君は知らなかったようだね」
「知るわけがない」


 獣王の城は獣王戦の戦利品のようなものだ。
 力で奪い取った城のからくりを説明してくれる者などいない。
 随分年季の入った城だが、誰が建てたのかも分かっていない。

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