モルフェウスの誘惑 ※SS追加しました。
《杜side》


俺は正直、今、どうすればいいのか
わからなかった




あの時、
俺は夢を見ていた

美雨の部屋で食事をとり
心から寛いでいた

そしてーーー

亡くなった母さんの
夢を見たんだ

そもそも、夢を見るくらい
穏やかに眠る事すら
最近はなかった

けれど、美雨の心尽くしの食事が
俺の心を解きほぐしていった

夢の中で母さんは
優しく微笑んでいた

心から今の俺を喜んでくれて
いるようだった

昔のように
笑っていてもどこか
切なげなものではなく

ただ、笑みを浮かべ
俺を見ていた

俺は
ああ、これで母さんとも
漸く、ちゃんとお別れができそうだなと
夢の中で思ったんだ

どこか、
子供なりに、母さんは
不本意のまま、亡くなっていったんだと
俺は思っていたからだ

けれど、初めて見る
母さんの心からの笑顔に
俺も夢の中で癒された

嬉しかった

胸の底から熱いものが
込み上げていた

そして、
不意に髪をかき分けられる
感触がしてーーー

俺は決して発しては
いけないタイミングで

その言葉を発してしまった

『かの子』と





恐らく、ガキの頃
つい、うとうとと
かの子がいた離れで寝てしまった時の
感覚と重なってしまったのだと思う

子供の頃に亡くなった母さんの夢を見て
何となく昔の空間に紛れ込んだ
錯覚に陥ってた

それでーーー




正直、今の俺には
かの子への気持ちは殆ど残っていなかった
残っているとしたら
それは情のようなものだろう

かつて、
あれほどまでに愛して止まなかった
かの子への想いは
美雨が現れた事で不思議と
薄れていった

実の姉に想いを寄せるという
どうしようもなく深い闇から
美雨は俺を救ってくれたんだ
そう思った

美雨の存在を認めた時から
俺の心は美雨へと完全に向けられていた

いつしか俺は
美雨を好きになっていた




ただ、あの状況では
何を言っても
通じることはなく
言い訳にしか聞こえず…

俺は
あの日以来、完全に俺を拒絶する
美雨に
どうすれば良いのか全く
解らないでいた




そしてーーー
俺はある決断をしたんだ

ただ、
その決断を実行する前に
俺にはやるべき事があった
今、描いている絵を
仕上げる事だった

俺は
決意を固めると
絵筆を強く握りしめた



















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