モルフェウスの誘惑 ※SS追加しました。
「美雨ちゃん、本当に良かったのかい?」

伸びきっていた髭を剃り、
さっぱりとした顔の神村が言った

「ええ、事務所なら大丈夫です
美登さんにも
神村さんの方を手伝ってあげてほしい
そう言って貰ってます」

「そう言って貰えるとこっちは
有り難いんだけどね
ただ、申し訳なくてさ
何せ、ゴールデンウィークの後半には
開店を間に合わせたいからさ、まともな
準備期間もろくになくて…」


美雨は雑貨屋に来ていた
あれから美登に相談して
神村の手伝いをする許可を貰った

「美雨ちゃん、
うちは便利屋だよ
助けがいるなら手伝わなきゃね」

明るく話す美登に心から救われた
今朝も杜を避けるように
早く部屋を出てきた

自分でもこういう態度をとるのは
らしくないと思っていたし
杜との仲がますます気まずいものと
なるであろうと想像も出来た

それでも美雨はこうするしかなかった
美雨は怖かった
杜を信じていても
どこかで
簡単に杜は去っていってしまうのでは
ないかと不安で仕方なかった

何が正しいなんてわからない
ただ、今は杜に会いたくなかった
恐らく嫉妬で歪んだ
醜い顔をしてるであろう
自分の姿を杜に見せたくなかった








それからも、美雨は神村と共に
雑貨屋の再オープンに向けての準備に
没頭していた

今の美雨には余計な事を考えている間もない
忙しさが何よりも救いだった

一度、帰ってきた時に部屋の前で
杜とバッタリ会ってしまった事があった
杜が何か話しかけてこようとしたが
そそくさと逃げるように美雨は
部屋に入った

ドアに背を凭れさせ
外の音に集中する
暫くすると、ガチャンと
ドアの閉まる音を聞いた

杜も部屋に入ったのだろう
美雨は玄関先に
経たり込むと
自分は何をむきになっているのだろうと
考えた
けれど、どうしても
あの時の杜の表情が頭から離れなかった

壁一枚向こうに杜がいると言うのに
その距離は果てしなく遠くに感じられた









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