モルフェウスの誘惑 ※SS追加しました。
『こんな所にまでお出ましとは
随分とご主人思いの犬なのね』

と、かの子は別荘の窓から
外を見たまま余裕たっぷりに
美登に言った

『ああ、そうだよ
僕はとても従順でしかも
賢い犬だよーーーー姉さん?』

『知ってたの?どこでその事を?』

一瞬でかの子の顔から
先ほどまでの余裕が消えていく

『杜が姿を消してから少しして
たまたま、
一ノ瀬のおばさんとうちの親父が
こっそり会ってるのを見たんだ
あまりにもよそよそしいから
不倫かなって思った
それで、少し自分なりに調べ始めたら
僕とあなたについてを知ることになった
正直、驚いた
何よりもあなたを思い、苦しんでる杜に
話すべきか迷った
結局、出来なかったけどね

あなたはあなたで何らかで
この事実を知っていて、そして
ついに行動を起こした
僕にも接触し、利用しようとした
僕が全てを知っているとも知らずにね
やがて、あなたの企てていることに
気づいた僕は、あなたを救おうと思った
だって、たった一人の僕の姉だからね
悲しいじゃないか

もう、杜から手を引きなよ
自分でも気づいてんだよね?
杜の気持ちに
終わりにしよ
あなたのやってることは
犯罪だよーーー姉さん』

『気安く、呼ばないで
あたしたちは他人も同然じゃない
あなたの父親は私の母を捨てたのよ
お腹にいた私ごと、
ゴミでも捨てるかの様に簡単に
捨てたのよ』

急に興奮して話したせいか
かの子は少し息苦しそうにしながら
窓際から揺ったりとした椅子へと移動し
腰を下ろした

『無理しないで
あなたは随分と誤解している』

美登は意識的に穏やかな声を出しながら
かの子に話しかけた

『誤解って?』

『僕の父にだよ
かの子さんの父親でもあるけれど
親父は何もかも知らなかったんだ
かの子さんのお母さんが全て
一人で決めてやった事なんだよ』

『何で、そんな事、わかるのよ
適当な事を言わないで』

『わかるよ
僕、聞いたんだ
ここへ来る前に親父に何もかも
聞いたんだよ』

『えっ…』

『かの子さんが婚約した事で
戸籍を取り寄せたりするから
どうしたって本人が知ってしまうだろうって
だから、仕方なく、その前にうちの親父に一ノ瀬のおばさんが
話したみたいなんだ
全てをね
親父言ってたよ
知っていれば、自分が引き取ったのにって
悔しくて仕方ないって
許されるなら今からでも自分の家から
嫁に出してやりたいって』

美登の話を聞いたかの子は
ただ、黙っていた

『兎に角、
もうこれ以上、罪を重ねるのは
止めよう?
出ないと、僕からあの岡崎って
刑事に全部話すよ
マークされてるよね?』

結局その後、
それ以上の会話は続く事なく
美登は何とか自分の思いが伝わればなと
祈りながら
今朝来た道を辿り
長野を後にしたのだった

そしてーーー

あの日、かの子は現れた
あのような形で現れた事を
美登は心から悲しんだ

その悲しみは
さらに次への悲しみと
連鎖してゆき

美登は今もなお、
こうしてペンをクルクルと
回しながら思い悩むのであった














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