モルフェウスの誘惑 ※SS追加しました。
《杜side》

俺の中で何かが弾けそうになっていることに
本当は随分と前に気づいていた

俺はあの時、
美雨を初めて見たとき、何となくこの女が俺を深い闇から救ってくれるような気がした

理由なんてない
漠然とそう思った
敢えて、あげるとしたら
あまりにも、真っ直ぐな美雨の瞳に俺は
全部を見透かされそうな気がしていた

だから、あの時抱いた
フィフティフィフティだと思った

女は男を忘れさせてくれという
初対面の男にいうなんて、とても出来そうにない、目の前の女が手をぎゅっと握りしめ
俺に言った

それで、俺も思った
この女なら
自分の中の何かが変わるかもしれない
女の真っ直ぐな瞳を見ると
不思議とそう思えた

だから、抱いた
ただ、やはり
口づけは出来なかった

自分のためではない

俺の気まぐれで、この女を翻弄させては
いけないと思った

この女だって、前に進もうともがいているのだと、だからこそ、口づけを決して与えなかった

その代わり、大切に大切に抱いた
初めて見る、女なのに
無償に大切にしてやりたいと思った

きっと、目の前で躊躇なさげに自らを纏っているものを、脱いでいくその手が少し震えていることに気づいたから

ブラウスのボタンが震えて上手く外せないのを見たから…

大切に抱こう
それで、女が前に進んでいけるなら
それで、いいだろうと思った

もう、会わないと思っていた







あの時、また、あの喫茶店にいた俺を見付けて
女が店に入って来たとき

俺はやはり、この女に闇から引っ張り出してもらうのだなと、思った

イリスが神の使命を受け、
眠り続ける夢の神を起こしたように
この運命(さだめ)を
受け入れようと思った
それが、俺への神の導きなのだなと思った

俺は気づけば口走っていた

「あんた、俺に付き合わないか?」





確かに、この力強い瞳を描きたくて
久しぶりに…
かの子以来に感じたこの瞳を
純粋に描きたいと思った

だから、誘った
絵のモデルをやらないか、と
同時に、俺を救ってくれよと
暗い闇から引っ張り出してくれよと
そして、深い眠りから俺を起こしてくれよと…

そんなことを
目の前の女ーーーー

美雨に思っていた

そして、今日
俺は美雨に歩み寄った

正直、美雨がどんどん近い存在になるにつれ
俺は不安になった

きっと、俺が近づけば美雨は簡単に俺を受け入れるだろう

そう思った

ただ、俺の心の中には、未だにかの子がいる
かの子の存在が俺の心を捕らえ、しばりつけている

なのに、美雨に近づくなんて調子が良すぎると自分を咎めていた

けれど、そう思えば思うほど、美雨を意識した
遠ざけようと思っても、出来なかった

一層、モデルもやめさせようかとも考えた
けれど、出来なかった

常にどこかで美雨を求めていた
俺は心から自分が卑怯だなと思った

けれど、今日美雨の涙を見て
美雨の言葉を聞いて
俺もいよいよ
本気で目覚める時が来たんだなと感じた
美雨のあまりにも綺麗なこぼれ落ちる涙に
俺は引き寄せられ、気づけば美雨の唇を
奪っていた
夢中で、美雨の唇から伝わる熱を感じた

俺は美雨がーーー
この女の事を
好きになり始めているのかもしれない

そう、思った





結局、その日は美雨を返した
このままでは、冷静にいることが出来ないと思ったからだ
一旦、美雨を帰そうと思った
そして、少しずつ気づき始めた気持ちを認めていけばいいと、思っていた

送ると言うのに、頑なに美雨は断った
だから、送らなかった

後悔した
美雨がその帰り道に襲われたからだ





















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