モルフェウスの誘惑 ※SS追加しました。
あの日、
あれほどまでに動揺していた杜は
普段通りに戻っていた

普段通りの愛想のない杜に…

「杜、昨日の案件だけど顧客からクレーム来てたぞ。愛想がなさすぎるって、うちもさ、客商売なんだから考えろよ。それとも、うちの会社潰したいのかよ?」

美登も至って、何も知らないかのように
普段通り振る舞っていた

美雨は自分ばかりが動揺しているようで
その事に戸惑っていた

内心、自分に対して何か弁明めいた事を杜が
話してくるのではないかと、少し期待もしたが
全く、それはなかった

けれど、美雨は確かに普段、殆ど表情を変えることない杜があれだけ動揺するのを目の前で見たのだ

なのに、何も話さない杜

自分はその程度の存在なのだなと
やはり、自分はその存在を
勘違いしていたのだなと

そっと、唇に触れてみては
ため息一つ吐いた








美雨は気持ちを切り替えて、
仕事に集中しようとしていると

「今日…時間…」

「えっ?」

杜が突然話してきた
美登を見ると何やら顧客と電話で話しており
視線が一瞬あったものの
直ぐに反らされた

「だから、時間ある?」

いつも以上にぶっきらぼうに言う杜

「あっ、はい…あります。絵の方ですか?
仕事終わったらアトリエに行けばいいですか?」

美雨の問いかけに対して
杜から意外な返事が返ってきた

「飯…食いに…行こうかと思って…」

美雨は一瞬で自分の頬が緩むのがわかった
と、同時にさっきまで悶々としていた心が
嘘のように晴れやかな気分に変わっていき
何て自分は現金なんだろうと思えた

「はいっ、是非、よろしくお願いします」

「よろしくって…俺、店とか知らないから
あんた適当に決めといて…じゃ、俺、今日はアトリエにいるから美登に伝えといて」

そう言われて美登を見ると、まだ顧客との
電話の最中だった
ただ、何となく杜がアトリエに行くのが伝わったようで、受話器を首の所に挟み右手ではメモを録りながら、左手でオッケイのサインを出していた

杜が事務所から出ていき、美雨も
仕事に取りかかろうとしたとき
電話を終えた美登が声を掛けてきた

「美雨ちゃん、杜と食事に行くの?」

「えっ」

「ごめん、何となくね。そんな感じに見えたから…」

「ええ…杜…一ノ瀬さんが食事に行かないかって…」

美雨はなんとなく後ろめたさを覚えながら
美登に答えた

「いや、別にいいんだよ。ただ、あいつが誰かを誘うのって見たことないからさ。男女問わずね」

「そう…なんですか…」

「良いことだよ。この前は悪かったね
水をさすような事を言って
どうやら、杜もいよいよ重い腰をあげる気になったか。そうそう、杜って呼びなよ
僕に気を使わないで。まぁ、僕だって美登ってよんでもらってるしね
この前はちょっとつまらない、嫉妬をした
ごめん」

美登は美雨に軽く頭を下げた
とても、好感が持てた

「いえ、その…大丈夫です
美登さんのこと、信頼してます
こうして、お仕事も頂けて…
本当に…なんていっていいやら」

「オッケイ。もう、終わりにしよ
どうも、僕は美雨ちゃんにとって
いい人でしかないみたいだ」

あはははと大きく笑うと
美登はまた仕事を始めた


美雨も少しほっとすると
やりかけの仕事にかかった







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