モルフェウスの誘惑 ※SS追加しました。
***


美雨はやっとの事で笑顔を張り付けていた
杜と別れて部屋に入った途端、全身から力が抜けるのがわかった

「あの人が…」

美雨はさっき会ったばかりの女の姿を
思い出していた

その肌は透けるように白く
それが尚の事、
真っ直ぐな黒髪を美しく見せ
また、その唇の赤を強調していた

間違いない
アトリエにいくつも置いてある、
描きかけの絵のモデルだった

杜が狂おしいほど
愛して止まないという
その人だ

ただ、美雨は何かがひっかかった
冷静に考えた
女が言っていた言葉を
一言一句思い出していた

そう、彼女は
確かに言った

姉であると…
杜を弟だと…

「どういうことなのかしら…」









「美雨ちゃん、美雨ちゃん!」

「えっ、ああ…ご、ごめんなさい…」

美登の呼び掛けに慌てて応える美雨

「今朝からずっとぼぅーっとしてるみたいだけど…何かあった?もしかして…変なやつに…」

次の日、美雨は事務所に来ていても
中々、仕事が手につかなかった

「いえ、そんなんじゃありません…すいません、ご心配お掛けして…」

そう言いながら、美雨はふと、思った
美登と杜の付き合いは確か学生の頃からだったはず…

美雨は思いきって聞いてみることにした

「あの、杜さん…一ノ瀬さんてお姉さんいらっしゃるんですね」

「杜に聞いたのか?」

一瞬で美登の表情が強ばった

「えっ、その…昨日お会いして…」

「会っただって?どこで?他に誰かいたのか?」

一気に捲し立てるように話す美登に戸惑う美雨

「たまたま、出掛けた公園で…あの、男性の方もいらっしゃって、その人が着いているから大丈夫だってお姉さんが…」

美雨は何か自分はミスを犯しているのではないかと、不安になってきた

「そうなんだ…会ったのか…。そうだよ、杜には血の繋がったお姉さんがいる。ただし、腹違いだけどね」

普段のトーンに戻った美登が言った

「腹違いなんですか?」

「まぁ、色々と複雑でさ、杜も。僕からはこれ以上、詳しいことは言えないけれど…その美雨ちゃん気づいた?杜がお姉さんを…」

「ええ…はい…」

美雨は素直に認めた

「美雨ちゃん、杜の事名前で呼ぶようになったんだね。二人が絵を描く上でのパートナーとして仲良くしてくれるのは構わないよ。ただね、美雨ちゃんも知ってしまったように杜の心は…まぁ、僕がとやかく言うのも野暮な話なんだけど、美雨ちゃんにはこれ以上、傷ついてほしくないんだ?僕の言いたいこと解ってもらえるかな?」

穏やかさの中にも、なんとも言えぬ威圧感を
美雨は目の前にいる美登に感じていた

それは、初めて美登を見たとき、やたらと愛想が良いのに妙に目付きに隙のなさを覚えたのを思い出させた

「仰りたいことわかります。私も出来れば次は何も考えないでいいような恋がしたいです。前に進んでいきたいと思ってます」

その言葉に嘘はなかった
ただ、そう言いながらも頭の中で昨日見た杜の
動揺した顔がぐるぐると回っていた










< 87 / 165 >

この作品をシェア

pagetop