渚の平凡物語
天使来りて

女神様襲来

 ガターン、と学校指定鞄を落とした。

 いや。いやいやいやいや。
 そりゃ、いつ来るのか聞いてなかったけどさ。
 こうして普通に学校から帰ってきて、リビングで座ってたら──心臓に悪いでしょ。

 息を呑むほど驚いた。
 いつも見ているリビングが、一瞬キラキラと輝いて別のものに見えたくらい。
 食卓兼用の机に向かって座っている彼女が、ゆっくりと振り返るのすらスローモーションに見えた。

 さら、と音が聞こえそうなほど絡まりのない長い髪が、肩から零れ落ちた。
 細い目が多い日本人には珍しく、アイドルなように大きな瞳。二重まぶたは大人っぽく、眉はプロに整えられたかのように完璧だった。鼻は自分が恥ずかしくなるくらい高く、唇はグラビアアイドルみたいにぽってり。
 仰天しない方がおかしい。テレビで見るアイドルや女優顔負けの、カリスマがかった美人がいるのだから。

 ぽかーん、とドアノブを握ったまま立ち尽くすあたしに、その女性は小首を傾げて見せた。女のあたしですらドキリとする仕草。ここまで様になってる女性らしい仕草は初めて見た。

「渚? おかえり」

 台所に引っ込んでいた母が、部屋に入ったまま黙るあたしに声をかけた。
 白日夢を見た気でいるあたしはかくかく頷くと、リビングにいる女神にやはり慄いた。

 日本人って、こんな綺麗になれんの? 西洋人に比べたら明らかにベクトルの違う美を持っている筈なのに、彼女は外人にすら負けないと思わせた。
 あたしなんて鼻ぺちゃ、一重まぶたは腫れぼったく、前歯二本は少し隙間があいている。これを神の不公平と言わずして何と言う。

 ガックリと人生の試合に打ち負けたように凹んでいると、とても澄んだ可愛らしい声が聞こえた。

「あなたが、わたしの妹?」

 その声に突如として夢から叩き起こされたあたしは、やっぱり神を呪った。

 ──こんな不公平って、ない。
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