泡沫(うたかた)の虹
帰り道を急ぐ中ではあるが、思わず糸は弥平次に声をかける。その彼女の声に、弥平次は首を傾げながらもこたえていた。そんな彼に、糸は口元に微笑みを浮かべながら言葉を続けている。
「初めて弥平次にあった日も、こんな感じだったと思って」
「そうでしたか?」
糸の言葉に、弥平次は曖昧に応えるだけ。そんな彼に、糸はちょっと口を尖らせている。
「そうよ。弥平次は覚えていないの? 私はちゃんと、弥平次に会った日のことを覚えているのに」
糸のその声が、どこか拗ねたような感じがする、と弥平次は思っている。しかし、彼はそのことを口にすることなく、糸の手を握ると道を急ぐ。彼のその行動に、糸は顔をホオズキのように真っ赤にすることしかできなかった。
「弥平次……」
囁くような声で彼の名前を呼ぶが、それに応える声はない。そんな時、ぽつりと雨粒が落ちると、一気にあたりは真っ暗になる。
「お嬢さま、濡れてしまいます。此方へ早く」
そう言いながら、弥平次は糸の手をますます強く握ると、雨宿りのできる軒先を目指し走りだす。その彼の握る手が熱をもっているように感じる糸だが、彼の手を振り払うことができない。
やがて、二人が肩を寄せ合うようにできる軒先を見つけた弥平次は、糸が濡れないようにと庇う。彼のそんな態度に、糸は大きく胸が鳴るのを押さえることができない。
「お嬢さま、寒くないですか?」
耳元で弥平次が囁きかけてくる。そのことに、思わず体をビクンとさせた糸の様子に、弥平次は心配そうな声をかけてきた。
「寒いのですか? 濡れてしまったのですし、仕方がないですね。では、失礼いたします」
そう言うなり、弥平次はしっかりと糸の体を抱きしめる。その腕の力が強いことに驚いた糸は、自由になろうともがくしかできない。その彼女の耳元で、弥平次はそっと囁きかけていた。
「このようなことをするのが身の程知らずだとは、承知しております。でも、今だけこのようにさせてください。お嬢さまが濡れてしまわれるのが我慢できませんから」
「弥平次……」
彼の言葉に、思わず糸はその顔をじっと見つめる。そこに浮かんでいる表情が真剣なものだということに、糸は胸を締め付けられそうな思いがしていた。
「弥平次……ええ、このままでいいわ。私、本当は初めて会ったときからあなたのことが……」
糸がそう言いかけた時、彼女の唇に触れてくるものがある。それが何か分かった時、糸は顔をますます赤くすることしかできないが、嫌だと思う気持ちはない。
彼女は自分を抱く弥平次の背中にそっと腕をまわし、彼の口付けに応えている。その彼女に弥平次はそっと囁きかけていた。
「お嬢さま、そのようなことは女から口になさってはいけません。こういうことは、男から言うものですよ。ええ、わたしもお嬢さまのことを初めからお慕いしておりました」
その声と同時に、また唇が重ねられる。降りしきる雨を避ける軒先で、二人は互いの思いを確かめあい、熱い口付けを交わしていた。
「初めて弥平次にあった日も、こんな感じだったと思って」
「そうでしたか?」
糸の言葉に、弥平次は曖昧に応えるだけ。そんな彼に、糸はちょっと口を尖らせている。
「そうよ。弥平次は覚えていないの? 私はちゃんと、弥平次に会った日のことを覚えているのに」
糸のその声が、どこか拗ねたような感じがする、と弥平次は思っている。しかし、彼はそのことを口にすることなく、糸の手を握ると道を急ぐ。彼のその行動に、糸は顔をホオズキのように真っ赤にすることしかできなかった。
「弥平次……」
囁くような声で彼の名前を呼ぶが、それに応える声はない。そんな時、ぽつりと雨粒が落ちると、一気にあたりは真っ暗になる。
「お嬢さま、濡れてしまいます。此方へ早く」
そう言いながら、弥平次は糸の手をますます強く握ると、雨宿りのできる軒先を目指し走りだす。その彼の握る手が熱をもっているように感じる糸だが、彼の手を振り払うことができない。
やがて、二人が肩を寄せ合うようにできる軒先を見つけた弥平次は、糸が濡れないようにと庇う。彼のそんな態度に、糸は大きく胸が鳴るのを押さえることができない。
「お嬢さま、寒くないですか?」
耳元で弥平次が囁きかけてくる。そのことに、思わず体をビクンとさせた糸の様子に、弥平次は心配そうな声をかけてきた。
「寒いのですか? 濡れてしまったのですし、仕方がないですね。では、失礼いたします」
そう言うなり、弥平次はしっかりと糸の体を抱きしめる。その腕の力が強いことに驚いた糸は、自由になろうともがくしかできない。その彼女の耳元で、弥平次はそっと囁きかけていた。
「このようなことをするのが身の程知らずだとは、承知しております。でも、今だけこのようにさせてください。お嬢さまが濡れてしまわれるのが我慢できませんから」
「弥平次……」
彼の言葉に、思わず糸はその顔をじっと見つめる。そこに浮かんでいる表情が真剣なものだということに、糸は胸を締め付けられそうな思いがしていた。
「弥平次……ええ、このままでいいわ。私、本当は初めて会ったときからあなたのことが……」
糸がそう言いかけた時、彼女の唇に触れてくるものがある。それが何か分かった時、糸は顔をますます赤くすることしかできないが、嫌だと思う気持ちはない。
彼女は自分を抱く弥平次の背中にそっと腕をまわし、彼の口付けに応えている。その彼女に弥平次はそっと囁きかけていた。
「お嬢さま、そのようなことは女から口になさってはいけません。こういうことは、男から言うものですよ。ええ、わたしもお嬢さまのことを初めからお慕いしておりました」
その声と同時に、また唇が重ねられる。降りしきる雨を避ける軒先で、二人は互いの思いを確かめあい、熱い口付けを交わしていた。