泡沫(うたかた)の虹
何か言いたげな手代の様子に、苛ついたような調子で嘉兵衛は声をかける。その彼に、手代はおどおどした様子で、ある物をさしだしながら応えていた。
「いえ……今、こんなことを言うのは筋違いだと思うんですが……」
「だったら、黙っていなさい。今はお店の大事だというのが分からないのかい。たしかに、弥平次も姿を消しちゃいるが、今はお嬢さんの行方の方が大事なんだから」
「そうなんですが……」
その手代の手に光るものに、嘉兵衛はふと目をやっている。そして、それが何か分かった時、彼は顔面を蒼白にしながら叫んでいた。
「それは、どうした。どこにあった」
その嘉兵衛の迫力に、手代は思わずたじたじになっている。いつもの穏やかな彼からは、考えもつかない勢い。それでも、これのことを言いたかった彼は、なんとかして口を開いている。
「実は……これが弥平次の部屋に落ちておりまして。たしか、これと同じような物をお嬢様が挿していらしたんではないか、と思いまして……」
その言葉に、嘉兵衛は差し出された簪をひったくるようにすると、ギュッとそれを握りしめている。糸と弥平次の関係が男と女の物になっているのは間違いないと彼は思っている。
その証拠に、彼の部屋には糸が夕べ挿していた簪があり、二人の姿が同時に消えている。彼の頭の中では、弥平次が糸を組み敷き、二人が絡み合っている姿しか浮かんでこない。
このままでは、間違いなく糸を彼に盗られる。そうなる前に取り返さなければいけない。そう思った嘉兵衛は簪を握りしめたまま、店の外に飛び出そうとしていた。
「嘉兵衛、どうしたのだ」
そんな彼の様子をおかしいと思った清兵衛が、思わず声をかける。それに対して振り返りもせず、嘉兵衛はこたえていた。
「今から寮に行って参ります。間違いなく、お嬢さんはそこにおります。そして、姿のみえない弥平次も間違いなくそこにいるはず」
嘉兵衛のその言葉に、今度は清兵衛の方が驚いていた。彼は糸が消えたのは、誰かにかどわかされたのだとばかり思っていたのだ。それなのに、嘉兵衛は弥平次が絡んでいると告げる。
そして、そう叫ぶ嘉兵衛の言葉から感じられるのは、二人が道行をしたということ。このことは、清兵衛の気持ちを激しく萎えさせるものに違いなかった。
「嘉兵衛。それでは、糸は弥平次との道行に走ったというのか」
よもやという思いが清兵衛のうちにはある。だからこそ、彼はそう叫ぶことしかできない。そんな清兵衛に嘉兵衛はハッキリした声でこたえていた。
「旦那さま、これが道行のはずがありません。お嬢さんは弥平次に唆されただけにきまっております。ですから、あたしがお嬢さんを迎えに参ります。旦那さまは、このことがこれ以上、大事になることがないようにお気をつけください」
その言葉に清兵衛は大きく頷いている。彼にしても娘が手代との道行に走ったなどとは考えたくもない。ましてや、このようなことがお上に知れたら間違いなく厳しい罰を受ける。
「嘉兵衛、お前に任せた。糸は何があっても連れ戻せ。そして、お前たちも何があってもこのことは口にするな」
「いえ……今、こんなことを言うのは筋違いだと思うんですが……」
「だったら、黙っていなさい。今はお店の大事だというのが分からないのかい。たしかに、弥平次も姿を消しちゃいるが、今はお嬢さんの行方の方が大事なんだから」
「そうなんですが……」
その手代の手に光るものに、嘉兵衛はふと目をやっている。そして、それが何か分かった時、彼は顔面を蒼白にしながら叫んでいた。
「それは、どうした。どこにあった」
その嘉兵衛の迫力に、手代は思わずたじたじになっている。いつもの穏やかな彼からは、考えもつかない勢い。それでも、これのことを言いたかった彼は、なんとかして口を開いている。
「実は……これが弥平次の部屋に落ちておりまして。たしか、これと同じような物をお嬢様が挿していらしたんではないか、と思いまして……」
その言葉に、嘉兵衛は差し出された簪をひったくるようにすると、ギュッとそれを握りしめている。糸と弥平次の関係が男と女の物になっているのは間違いないと彼は思っている。
その証拠に、彼の部屋には糸が夕べ挿していた簪があり、二人の姿が同時に消えている。彼の頭の中では、弥平次が糸を組み敷き、二人が絡み合っている姿しか浮かんでこない。
このままでは、間違いなく糸を彼に盗られる。そうなる前に取り返さなければいけない。そう思った嘉兵衛は簪を握りしめたまま、店の外に飛び出そうとしていた。
「嘉兵衛、どうしたのだ」
そんな彼の様子をおかしいと思った清兵衛が、思わず声をかける。それに対して振り返りもせず、嘉兵衛はこたえていた。
「今から寮に行って参ります。間違いなく、お嬢さんはそこにおります。そして、姿のみえない弥平次も間違いなくそこにいるはず」
嘉兵衛のその言葉に、今度は清兵衛の方が驚いていた。彼は糸が消えたのは、誰かにかどわかされたのだとばかり思っていたのだ。それなのに、嘉兵衛は弥平次が絡んでいると告げる。
そして、そう叫ぶ嘉兵衛の言葉から感じられるのは、二人が道行をしたということ。このことは、清兵衛の気持ちを激しく萎えさせるものに違いなかった。
「嘉兵衛。それでは、糸は弥平次との道行に走ったというのか」
よもやという思いが清兵衛のうちにはある。だからこそ、彼はそう叫ぶことしかできない。そんな清兵衛に嘉兵衛はハッキリした声でこたえていた。
「旦那さま、これが道行のはずがありません。お嬢さんは弥平次に唆されただけにきまっております。ですから、あたしがお嬢さんを迎えに参ります。旦那さまは、このことがこれ以上、大事になることがないようにお気をつけください」
その言葉に清兵衛は大きく頷いている。彼にしても娘が手代との道行に走ったなどとは考えたくもない。ましてや、このようなことがお上に知れたら間違いなく厳しい罰を受ける。
「嘉兵衛、お前に任せた。糸は何があっても連れ戻せ。そして、お前たちも何があってもこのことは口にするな」