あなたは私の王子様。―Princess Juliet―

ジルは仕事以外にも、
母が好んでいた
城館の敷地内にある薔薇園の手入れは
メイド達にやらせず、自分で管理していた。

慈善事業に力を注いでいた母は
この薔薇を孤児院や教会に寄付していたが、
ジルは安価に街へ広めるべく
香油や整髪剤、お茶などの材料として
提供することにした。

「姉さんたら、本当に欲がないのね」

紅茶色の巻き毛の手入れをしながら
従妹のレティは笑った。

「欲がない?私が?」

薄い金の髪を無造作に水色のリボンで束ね、
動きやすいように
エプロンドレスに着替えたジルは
帽子にリボンを縫い付ける作業を中断して
顔を上げた。

「だって、こんな綺麗に手塩をかけて
育てた薔薇だって商品にするのだもの。」

レティは細く美しい指で
活けてあった白い薔薇を一輪手にとった。
なんとも様になる姿に、ジルは苦笑する。

「そうね。でも、欲はあるわよ。
私は今少しでもお金が欲しいの。」

「お金と言えば…。
そう!ジル姉さん!
伯母様がお好きだった薔薇園を
売ってしまうって本当なの?」

眉をハの字にして詰め寄ってくるレティに、
ジルは「あぁ、その話?」と
そっけなく言った。
そうではないと、
悲しくて泣いてしまいそうだからだ。

「本当よ。あなたが結婚するのに、
持参金のひとつもなきゃ、
いくら侯爵様と言えど良い顔は
なさらないでしょう?」

レティはぽっと顔を赤らめた。
レティことルクレティアが
夜会(もちろん、ジルは参加していない。)でカーレフィ・ネゼン侯爵に見初められたのは、つい二月前の出来事。

社交界切っての貴公子であり、
由緒あるネゼン侯爵家の当主を務めている
カーレフィの求婚にレティは
断る理由などなかった。
ジルは、一月後に迫った結婚式の資金として、
母が愛した薔薇園を昔なじみの
裕福な老夫婦に土地ごと売ったのだ。

「レティの結婚で、
私ができるのはこれくらいだもの。
それに、レティの幸せの為なら
お母様も喜ぶに違いないわ。」

「でも」と、尚も言い募ろうとするレティを
遮るように扉の向こう側から
「ルクレティア?ここにいるの?」と
呼びかける声が聞こえてきた。


< 15 / 39 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop