ふるさとの抵抗~紅い菊の伝説4~
第二章

森の中

 九朗はまたいつものように学校の裏手の工事現場の上を飛んでいた。いつものように今日も人間達は泥まみれになって動き回っている。その汚れは浸食してくる人間達の抵抗しているふるさとの手のように九朗の目には映った。彼らにはきっと聞こえないのだろう、彼らの操る鉄の爪が大地を削る度に叫んでいるふるさとの声が…。九朗は人間達を哀れにさえ思っていた。
 ふと下を見るとあの人間が自分の方に手を振っている。一体何が面白いのだろう。あの人間は自分を見ると必ず同じ動作をしてくる。私に何を求めているのだろう?九朗はふとそう思った。
 元来自分の属する種は長く人間達に嫌われてきた。ノアという人物が洪水が収まった世界に自分の先祖を放ち、その箱船に帰らなかった時から自分の種は黒い羽に覆われ、不吉な鳥とされて忌み嫌われてきた。森を追われ、街に棲み着き、人間のおこぼれを頂戴するようになってからは更に嫌われるようになった。まったく嘆かわしいことだ。
 九朗は自分たちの種に対する人間達の扱いを不満に想いながら上空を旋回していた。あの人間は相変わらず手を振っている。
 少し悪戯をしてやろうか、九朗は丸い瞳を輝かせながらその人間に向かって急降下をした。勢いをつけて降下して行くにつれ速度を上げていき、ぶつかりそうになる寸前で急激に速度を落とす。大きく翼を拡げてその人間の肩に何もなかったようにとまった。
 その人間も、周りにいた人間達も、驚いて九朗の姿に注目する。
「おい、こいつはカラスだぜ」
 年のいった男が九朗を指さす。
「吉行、お前は人間の女にはからっきしだが、動物にはもてるんだな」
 別の男が言った。
 どうやら九朗がとまった男は吉行というらしい。
「そんなぁ、絶望的なこといわんで下さいよ」
 吉行は笑いながらそう言った。
 それでも九朗が肩にとまっているのが気に入ったのか、彼の身体を空いた手で触れてくる。
 九朗もそれは悪い気はしなかった。
 この吉行という人間は他の人間達とはどこか違っていた。ふるさとの哀しい叫びが聞こえているような気がした。この様な人間が居るというのも九朗には新鮮な驚きだった。
「おい、お前はどこから来たんだ?」
 吉行は黄色い重機に乗り込むと九朗に話しかけてきた。
 だが、九朗に応えられるはずはなかった。その代わりに吉行の肩の上で大きく羽ばたいて見せた。重機には屋根がない。飛び立とうと思えばいつでも飛び立つことが出来た。だが、人間達がどのような反応を見せるのか、九朗には興味があったのであえて飛び立とうとはしなかった。
「お前、この頃よく見るよなぁ」
 吉行の言葉はどこか間延びしているように聞こえる。
「そうだ、お前に名前をつけてやろう」
 そう言って吉行がつけたのが「シロ」だった。
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