ふるさとの抵抗~紅い菊の伝説4~
 赤い二百五十CCのバイクが街外れの寺の前に停まっている。右のバックミラーに赤いフルフェイスのヘルメットがかかっている。鏡美里はこの寺の住職、榊健三を訪ねてきたのだ。
 本堂で待たされること十数分、榊健三は静かに美里の前に現れた。
「ご無沙汰してます」
 美里は鋭い目で健三を見据えた。
「何年ぶりでしたかな」
「十年ぶり、というところでしょうか。あなたがあの子を私に託して以来ですから…」
 美里はそう言って微笑んだ。だが、その目は笑っていない。
「ここには近づかないように、と言っていたはずだが?」
「そして、この街から出て行くなとも仰いましたわ」
 美里は一歩、健三に近づく。
「あなたは、あの子を私に託し、育てさせ、そして、今度は息子にあの子を殺させようとしている…」
 もう一歩、美里は踏み出す。
「そんなことが許されるのかしら?」
 美里の言葉に健三は背を向ける。彼女の射るような視線を避けるためだった。
「許すも、許さないもない。それが宿命なのだ」
 健三の声は本堂に低く響く。
「宿命?あの二人はあなたの思惑通り気持ちを通じ合わせているのよ」
「そうだ。そのためにあの二人をそばに置いた…」
「そうしておいて二人を殺し合わせるの?」
「…」
 健三は答えなかった。まだ誰にも話していない秘密をその胸の内に押しとどめているように…。
 それに対して美里の心の中には怒りがこみ上げてきた。
「何故そんなことをする必要があるの?そもそもあの子が存在してはならない者ならば、何故何もわからないうちに処理しなかったの?何故こんな残酷なことをしなければならないの!」
 美里は健三の前に回り込み、その顔を睨み付けた。
「あの子は一体誰の子供なの?」
 しかし健三はその問いに答えようとはしなかった。

 二百五十CCの排気音が健三の寺から離れていく。
 静かになった本堂に健三ともう一つの人影が向かい合っていた。
「あの人の言うとおりだ。あんたはあの娘を息子に殺させるために俺たちまで動かしている…」
 男は薄暗い中でベレッタを弄んでいる。
「何が言いたい?」
 健三は男に鋭い視線を向ける。
「別に…。俺たちはあんたの指示通りに動くしかないからな…。何も言うことはないさ…」
 男はベレッタをしまうと健三に背を向けた。
「だけど、こんな事をして…。あんたは地獄に落ちるぜ」
 そう言い捨てると男は闇の中に消えていった。
 暫くして、四百CC単機頭の排気音が遠ざかっていく…。
「地獄に落ちる、か…。それも仕方あるまい…」
 独りごちた健三の言葉が闇の中に吸い込まれ、消えていった…。
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