ふるさとの抵抗~紅い菊の伝説4~
キメラは夜の街を彷徨っていた。
その姿は小さな犬となり先ほどまでの禍々しい姿は想像も出来なかった。
それはある一軒の家を目指していた。キメラの中の一部の存在が命を奪われた場所、一時の安らぎを与えてくれた場所、それはそこを目指していた。そこで何を行うのか、キメラの中での話し合いは一つの結論を見いだしていた。一時は意見が二分されていたが、キメラの中の違う勢力がそれを一つにまとめた。
キメラは森を抜けて開けた場所に黄色い重機たちが屯(たむろ)しているところに出た。その重機たちは昼間の力強さを失い、夜のとばりに冷たく身じろぎ一つせずに留まっている。
キメラは一瞬、それら重機を睨みつけてまた歩き出した。心の中で十分な敵意を育て上げていた。
その場所はここからそう遠くない。キメラが本性を現したときの速さならほとんど一瞬の内にたどり着ける程度の距離だ。
だが、それはそのようにはしなかった。
そこにいる人間に対する憎悪を高め、楽しむ時間を長くすることを選択したのだ。
その叫びを聞き、命乞いの姿を楽しみ、四肢を引きちぎり、咽を噛み切る。命を失った屍を僅かな肉片も残さずに自分の体に取り込んでしまう。誰もそれがそのような行為をしたと気づかれないように全ての証を消してしまう。
自分ならばそれが出来る、キメラはそう信じてやまなかった。
やがてその場所が見えてくる。
かつての自分と同じような匂いが漂ってくる。
キメラは思った。命を奪われたものと生かされているもの、それらに何の違いがあるというのだろうか?ただそこに連れてこられた順番だけの違いではないだろうか?先にいたものは生かされ、後から来たものは命を奪われる。そのような不公平なことがあっても良いのだろうか?キメラの中の憎悪がまた大きくなる。
そんな疑問を抱きながらキメラはその場所の入り口の前に立っていた。子犬の鳴く声のように叫んでみる。庭に繋がれた犬たちが騒ぎ出す。キメラはもう一度声を上げる。
果たして入り口の内側が明るくなり、その扉が開かれた。
そう、そこにはあの人間の姿があった。
キメラは小さく丸まった尻尾を思い切り振ってみる。それが好意を示す方法だったからだ。
「あら、どうしたの?お前…」
その人間は小さなキメラを抱き上げて胸のところに持って行き、それの体を撫でた。年老いた人間の匂いが鼻につく。
キメラはその人間の頬や唇を思い切り舐め回した。今、敵意を示すのはまずい、まだ心を静めておかなければ、楽しみはもう少し先に延ばしておいて良い、キメラの目がそう物語った。
だが、人間はそのことに気づいてはいなかった。何の疑いも持たずにキメラを家の中に抱いたまま入れた。
そこはそれほど広くはなかった。何かの植物を下に編み込んだ四角い空間が二つと木の板が張られた細長い空間があるだけだった。そのうちの一つに猫たちが屯していた。猫たちはキメラに対して無関心を装っている。それらが牙をむき、爪を立てようとしても何の問題もない。キメラはそこにいる猫たちを鋭い目で睨みつけた。猫たちは怯えてその空間の端に固まってこちらを見ていた。
その人間はもう一つの空間にキメラを置くとその前に二つの容器を置いた。一つには肉を干したようなものが入っており、もう一つには牛の乳が入っている。
そうだ、自分たちはこれで命を奪われたのだ。これを食べた後に強い睡魔に襲われ、そして深い闇の中に放り込まれたのだ。
だが、この人間は最初からそのようなものを持って気はしない。最初は良いのだ。何度目かの食事の時にそれが出される。キメラはすでにそのことを知っていたので、出されたものをその腹の中に入れた。
その人間は満足そうな顔をしてキメラを見ている。完全に安心しきっている。
変化を解くならば今だ、キメラは全身にその指令を伝えた。牙を?き、唸り、その人間を睨みつけた。
キメラの体は大きく震え、肉が波打ち、牙が鋭く光る。その体は次第に大きくなり、ついには大型犬ほどの大きさになった。牙は肉を噛み切るには十分なほどの長さに変わる。背中から無数の触手が生え、その触手ひとつひとつに牙を持つ口が出来た。
その変化を目の当たりにされた人間は後ずさり、腰を抜かした。怯えた目が震えている。
そうだ、このときを待っていたのだ。キメラの唇が残忍に嗤う。
その人間は立ち上がることが出来ずに両手を使って逃げだそうと藻掻(もが)いている。
キメラはゆっくりと近づく。触手の先の牙が血を求めて音を出す。
まず触手が四つの束となり人間の四肢に食らいつく。
「ひっ…」
人間は声にならない叫びを上げる。
触手たちが食らいついた獅子の肉を貪り始める。
人間の体にこれまで感じたことのない痛みが走る。
「いやぁ!」
人間の必死の叫びが響く。
その咽をキメラの鋭い牙が噛み切る。
血液が滝のように噴出し、周囲を赤く染めていく。
キメラの心の奥底から喜びが沸き上がる。
肩のところに生えた顔がその首を伸ばして人間の腹と萎れた乳房に牙をたてる。
人間はすでにただの肉の塊となっていた…。
その姿は小さな犬となり先ほどまでの禍々しい姿は想像も出来なかった。
それはある一軒の家を目指していた。キメラの中の一部の存在が命を奪われた場所、一時の安らぎを与えてくれた場所、それはそこを目指していた。そこで何を行うのか、キメラの中での話し合いは一つの結論を見いだしていた。一時は意見が二分されていたが、キメラの中の違う勢力がそれを一つにまとめた。
キメラは森を抜けて開けた場所に黄色い重機たちが屯(たむろ)しているところに出た。その重機たちは昼間の力強さを失い、夜のとばりに冷たく身じろぎ一つせずに留まっている。
キメラは一瞬、それら重機を睨みつけてまた歩き出した。心の中で十分な敵意を育て上げていた。
その場所はここからそう遠くない。キメラが本性を現したときの速さならほとんど一瞬の内にたどり着ける程度の距離だ。
だが、それはそのようにはしなかった。
そこにいる人間に対する憎悪を高め、楽しむ時間を長くすることを選択したのだ。
その叫びを聞き、命乞いの姿を楽しみ、四肢を引きちぎり、咽を噛み切る。命を失った屍を僅かな肉片も残さずに自分の体に取り込んでしまう。誰もそれがそのような行為をしたと気づかれないように全ての証を消してしまう。
自分ならばそれが出来る、キメラはそう信じてやまなかった。
やがてその場所が見えてくる。
かつての自分と同じような匂いが漂ってくる。
キメラは思った。命を奪われたものと生かされているもの、それらに何の違いがあるというのだろうか?ただそこに連れてこられた順番だけの違いではないだろうか?先にいたものは生かされ、後から来たものは命を奪われる。そのような不公平なことがあっても良いのだろうか?キメラの中の憎悪がまた大きくなる。
そんな疑問を抱きながらキメラはその場所の入り口の前に立っていた。子犬の鳴く声のように叫んでみる。庭に繋がれた犬たちが騒ぎ出す。キメラはもう一度声を上げる。
果たして入り口の内側が明るくなり、その扉が開かれた。
そう、そこにはあの人間の姿があった。
キメラは小さく丸まった尻尾を思い切り振ってみる。それが好意を示す方法だったからだ。
「あら、どうしたの?お前…」
その人間は小さなキメラを抱き上げて胸のところに持って行き、それの体を撫でた。年老いた人間の匂いが鼻につく。
キメラはその人間の頬や唇を思い切り舐め回した。今、敵意を示すのはまずい、まだ心を静めておかなければ、楽しみはもう少し先に延ばしておいて良い、キメラの目がそう物語った。
だが、人間はそのことに気づいてはいなかった。何の疑いも持たずにキメラを家の中に抱いたまま入れた。
そこはそれほど広くはなかった。何かの植物を下に編み込んだ四角い空間が二つと木の板が張られた細長い空間があるだけだった。そのうちの一つに猫たちが屯していた。猫たちはキメラに対して無関心を装っている。それらが牙をむき、爪を立てようとしても何の問題もない。キメラはそこにいる猫たちを鋭い目で睨みつけた。猫たちは怯えてその空間の端に固まってこちらを見ていた。
その人間はもう一つの空間にキメラを置くとその前に二つの容器を置いた。一つには肉を干したようなものが入っており、もう一つには牛の乳が入っている。
そうだ、自分たちはこれで命を奪われたのだ。これを食べた後に強い睡魔に襲われ、そして深い闇の中に放り込まれたのだ。
だが、この人間は最初からそのようなものを持って気はしない。最初は良いのだ。何度目かの食事の時にそれが出される。キメラはすでにそのことを知っていたので、出されたものをその腹の中に入れた。
その人間は満足そうな顔をしてキメラを見ている。完全に安心しきっている。
変化を解くならば今だ、キメラは全身にその指令を伝えた。牙を?き、唸り、その人間を睨みつけた。
キメラの体は大きく震え、肉が波打ち、牙が鋭く光る。その体は次第に大きくなり、ついには大型犬ほどの大きさになった。牙は肉を噛み切るには十分なほどの長さに変わる。背中から無数の触手が生え、その触手ひとつひとつに牙を持つ口が出来た。
その変化を目の当たりにされた人間は後ずさり、腰を抜かした。怯えた目が震えている。
そうだ、このときを待っていたのだ。キメラの唇が残忍に嗤う。
その人間は立ち上がることが出来ずに両手を使って逃げだそうと藻掻(もが)いている。
キメラはゆっくりと近づく。触手の先の牙が血を求めて音を出す。
まず触手が四つの束となり人間の四肢に食らいつく。
「ひっ…」
人間は声にならない叫びを上げる。
触手たちが食らいついた獅子の肉を貪り始める。
人間の体にこれまで感じたことのない痛みが走る。
「いやぁ!」
人間の必死の叫びが響く。
その咽をキメラの鋭い牙が噛み切る。
血液が滝のように噴出し、周囲を赤く染めていく。
キメラの心の奥底から喜びが沸き上がる。
肩のところに生えた顔がその首を伸ばして人間の腹と萎れた乳房に牙をたてる。
人間はすでにただの肉の塊となっていた…。