ふるさとの抵抗~紅い菊の伝説4~
 守屋香は泣いていた…。
 翔のいない一人だけの部屋は酷く広く感じた。
 いつもなついてくる翔、いつもいらいらさせる翔、それでも香にとっては欠くことのできない翔…。
 その翔はいない…。
 それがこれほどつらいものだということを香は思い知らされていた。
 自分は悪い母親だった。いや、母親と名乗れるようなものではなかった。あのの刑事は言っていた。変わらなければ行けないと。だが、どうしたらいいのだというのだろうか。
 変わらなければいけない…。それはこれまで何度も自分が思い続けていたことではないか。それでも変われなかった…。
 自分はおかしいのだ。
 心が病んでいるのだ。
 そうでなければあんなことを繰り返せるはずがない。
 生きる価値などないのだ。
 香は自分を責め続けた。決して答えのでないことを何度も繰り返し続けた。
 そして何度も『死』という言葉に行き着いてしまう…。
 だが、そうすることはできない。
 自分がそうしてしまえば翔は独りになってしまう。
 それだけは、出来ない。
 独りで生きることの辛さ、寂しさは香が誰よりも知っていた。
 そう、彼女も親から引き離された一人だった。
 地獄の日々を生きてきた一人だった。
 彼女の母親もまた彼女に暴力を不意類続けていた。その理由は幼かった香にはわからなかった。何故、自分はそうされるのか、わからなかった。
 それでも母親から離れてしまっては生きていく術がない。独りになるのは嫌だった。
 そこで香は出来るだけ『いい子』になるように努めた。『いい子』になれば母が怒ることはない。そう思い『いい子』を演じ続けた、けれども母は変わらなかった…。
 香にはは父親はいなかった。父親に抱かれた記憶はなかった。
 何故ないのか、その理由を当時の香は知らなかった。その理由に近いものを知ったのは戸籍謄本からだった。父の戸籍が抜かれていたからだった。父と母は離婚をしていたのだ。それを知ったのは母から引き離れてから大分経ってからだった。
 それは今の彼女と同じだった。
 翔にも父親はいない…。
 別の女性と出て行ってしまったのだ。
 思えばその頃からだ。香の心が荒(すさ)み、荒れていったのは…。
 きっと自分の母も同じ立場だったのだろう。
 過去に縛られ、逃れられなくなってしまったのだ。
 それが心を病ませている…。
 過去と決別しなければ、それがたとえ難しいものでもそうしなければならないのだ。
 翔を再び抱き、平和な人生を送るためには…。
 けれども独りでは難しい。誰かの力が必要だった。
 そして彼女は一つの答えを出した…。
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