ふるさとの抵抗~紅い菊の伝説4~
 天野恵理子は数匹の犬を引き連れて街角を歩いていた。大きさも種類もまちまちで中には以前大きな怪我をしていたのか、足下がおぼつかない犬もいた。恵美子自身も数年前に脚を骨折していたため、左足を少し引きずるようにして歩いている。
 彼女はこの街ではちょっとした有名人だった。こうして散歩をしている中で見つけた捨て犬や捨て猫を拾ってきては自宅に連れ帰るために、彼女の家は近所からは「犬屋敷」と呼ばれていた。かつてはその数が数十匹になり、その臭いから近隣住民から苦情が出て保健所から厳重注意を受けたこともある。それでもその勧告に従わなかったため、半ば強制的に狩っていた犬や猫を処分された経験を持っていた。
 彼女の捨て犬や捨て猫を見つけるといえに連れ帰るという習慣は直っていなかったが、飼っている実数が増えていないので里親を見つけているのだろうと付近の住民は思っていた。
 犬たちは手入れが行き届いていた。どの犬の目も生き生きとして輝いている。恵理子の躾がいいのか、彼女を引き回そうとする犬は一匹もいなかった。皆、彼女の補足にあわせて黙々と歩いている。
 恵理子は独り身だった。若い時に一度結婚をしたのだが、相手とのそりが合わず、結局離婚していた。それ以来彼女は人間不信となり、独り身を貫いてきた。犬を飼い始めたのはその頃からだった。
 路地を抜け、公園に入った恵理子は近くにベンチを見つけるとそこに座り込んだ。彼女の足下で犬たちも身体を休める。
 晴れ上がった秋の日差しが柔らかく彼女たちに降り注ぐ。
 恵美子は一番大きな犬の頭に手を置き、優しく撫でる。
 ふと見るといつの間に来たのか、ベンチの上に一匹の黒猫が座っていた。犬たちが騒がずに近づいてきたその猫は珍しい碧眼(へきがん)だった。手入れも行き届いており、赤い首輪をしているので、どこかで飼われているのだろう、恵美子はそう思った。
「お前のお家はどこなのかしら?」
 そう言って差し出した恵美子の手を黒猫はざらついた舌で舐め始めた。心地よさそうに咽を鳴らしている。
 犬たちはその猫には全く無関心だった。普通犬は飼い主が自分以外のものに愛情を注ぐことに嫉妬をするものなのだが、そのような反応は見られなかった。黒猫はそれを当然と思っているのだろうか、それらには全く目をくれなかった。
 恵美子は黒猫を抱き上げると膝の上に置く。猫はいやがるそぶりも見せずに膝の上で丸くなる。
「本当にお前は人懐こいのねぇ」
 恵美子は感心したように黒猫に話しかける。
 そのとき彼女の視界の片隅に一匹の小型犬が映った。
 毛並みも悪く、痩せこけているように見える。
 恵美子の感性が何かを感じた。
「ちょっと待っててね」
 恵美子は抱いていた黒猫をベンチに下ろすとその小型犬に近づいていった。抱き上げてみるとその小型犬は思っていたよりも軽かった。外に放たれて大夫時間がたっていたのだろう、怯えた目をして震えていた。捨てられたのだ、恵美子はすぐにそう感じた。
「可愛そうに…」
 恵美子は小型犬を抱きしめたまま、待っている犬たちの方に向かった。
 その様子を魔鈴はじっと見つめていた。
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