ふるさとの抵抗~紅い菊の伝説4~
 白いカラス九朗は秋の空をゆったりと飛んでいた。 アルビノである彼は群れで行動することを嫌い、常に単独行動をとっていた。 
 この春から棲み着いた美しが丘という街は都会に通じる駅を中心として同心円状に広がった街であり、まだ開発途上であるために自然が多く残されていて彼にとっては住みよい街だった。それでも他の仲間達がするように人間のおこぼれに預かるということはせずに自らの力で生き抜く姿勢を崩さなかった。
 眼下に見える白い校舎は、彼の主(あるじ)である鏡美鈴の通っている中学校だ。彼はそこを好んで旋回する。それは常に彼女との精神的なつながりを保ち、いつでも必要な情報を提供できるようにするためだった。
 このところこの街は平和だった。使い魔である彼のアンテナにも不穏な空気はかかってこなかった。
 彼にとっては退屈な毎日だったが、主にとってはいいことなのだろう。九朗は窓の外を眺めている主の姿を上空から認めると白い建物の裏手に向かって旋回した。
 主の通っている建物の隣には似たような作りの建物がもう一つ建っていた。これらを人間達は学校と呼んでいるらしい。そこには主達よりも幼い子供達が通っているようだ。二つの建物には毎朝子供達が吸い込まれていき、決まった時間に吐き出されていく。人間達はとにかく群れることが好きなようだ。
 学校の裏手には小さな山がある。
 以前九朗はその山にある森を住み家としていたが、人間の手が入り始めたので今は別の場所をねぐらとしていた。人間の手は日増しに山を蝕んでいき、今は四分の一ほどが剥き出しの地面を曝(さら)している。そのようなことをすることで人間達は自然を支配しているつもりになっているのだろうか、九朗は冷ややかな目をしてその山の姿を見下ろしていた。
 少し高度を下げてみると黄色く塗られた機械を操作している人間達の姿が見えてくる。彼らの中には九朗に興味を示している者がいて、彼の姿を認めると決まって手を振ってくる者がいる。今日もその人間は手を振ってきた。九朗もそれに応えるために急降下をしてその人間の傍を通り過ぎるようにしている。特にその人間に懐こうとしているのではなく、そうする事が面白いのだ。
 ひとしきり人間をからかった後、九朗は駅の方に進路をとろうとした。駅はこの街の人間が外に向かい、外の人間がこの街に入ってくる場所であるため、彼が監視すべき場所の一つと定めていた。しかし、この日は少し様相が違っていた。これまで遊んでいた山の裏手から奇妙な気の流れを感じたからであった。
 九朗はその流れの源に興味を持った。
 気の流れはまだとても弱いものだった。近くに来なければ見落としてしまうほどのものだった。そしてそこからは善意も悪意も感じられなかった。ただゆらゆらと流れているだけなのだ。 
 九朗は高度を落としてその気をより感じやすくした。
 その気は山の裏手の一点から流れ出ていた。
 そこに何があるのかに興味を持った九朗は気の源の近くに降り立った。
 地面にはうっすらと枯れ葉が積もり始めている。地を這う虫も数が少なくなってきている。
 九朗は辺りを見回した。
 そこはありきたりの裏山だった。人の手によって手入れをされていない木々は思い思いの方向に伸びている。一定の高さの木々は太陽の光を浴びることが出来るが、それ以下のものは薄暗い影の中で生きるしかない。この植物の中でさえも弱肉強食の原理が働いている。と九朗は思った。
 降り立ってみるとそこは不思議な場所だった。人の手が入ったとは思えないその場所で、かつて多くの人間が命を落とした気配があるのだ。それもまだ幼い命ばかりが…。だがその命達はとても安らかに感じられた。まるで何かに守られているように…。
 微かな気はその中を流れていた。
 九朗はそれを一歩一歩流れを遡っていった。
 そして彼は苔むした古い地蔵の前に出た。
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