ふるさとの抵抗~紅い菊の伝説4~
 白い光が瞼の向こうから透けて入ってくる。
 静かな場所なのだろうか、空気の吐き出される微かな音が聞こえてくる。
 柔らかな者に触れている感覚が手先や足先から伝わってくるのを感じて美鈴は目を開けた。その先には見慣れない天井が彼女の視線を待っていた。どうやら横にされているらしいと感じた美鈴はゆっくりと周囲を見回す。彼女の周囲は白いカーテンで囲まれていた。
「あら、気がついたのね」
 微かに動き出した美鈴の気配を感じたのだろう、傍らでパイプ椅子に座っていた美里が言った。
 美鈴が目覚めたのは病院のしっかりしたベッドの上だった。彼女は何故自分がここにいるのかわからなかった。
「ホント、大変だったんだからね。あなた急に倒れるのだもの…。」
 美里はそう言うと家から持ってきた美鈴の着替えをベッドの上に拡げ始めた。
 美鈴の容態は心配するほどのことはなかった。というよりも、原因がつかめなかった。レントゲンやCTスキャンによる検査を行ったが、激しい頭痛を起こすほどの要因は発見されなかった。そのため、意識が戻ったら帰ってもいいと医者から言われていた。
「どう、具合は?」
「うん、まだ少しふらつくけど…」
 美鈴は倒れた際に汚れた制服から母の持ってきた服に着替えながら応えた。
 あの感覚、一体何だったのだろう?
 今まで摂取臆してきた『もの』達とはあの感覚は異なっていた。今まで接触してきた『もの』達は強い憎悪や嫉妬、またはそれを利用したものなど負の感情に満ちていた。しかし、あの感覚は弱く幼いものが慕っているものに捨てられまいとする必死の思いで満ちていた。どこか哀しい叫びだった。
「あのさ…」
 美鈴は倒れた時の感覚を美里に話した。僅かに残っている記憶を辿って…。
「確かに気になるわね…」
 美里は娘の言葉を無条件に信じた。
 彼女の話の通りだとすると、美鈴は人の心から発せられた叫びを聞いたことになる。だとすると誰がそれを発したのだろうか?
 美鈴の話では、その叫びはかなり逼迫したものに聞こえたという。そして、その声は次第に弱く、か細くなっていったという。それは、そのままにしておくと不幸な結果が起こる可能性が高いことを意味している。それを聞いてしまった以上、何もしないままでいいのだろうか、美里の心の中でそういった疑問が沸いてきた。
「お母さん、私どうしたらいいと思う?」
 美鈴の目がまっすぐに美里に向けられた。
 だが、美里はその答えを持っていなかった。美鈴が聞いたのが幼い子供の声であり、何かにすがろうとしていたのならば、一つの可能性があると彼女は思った。そして、その通りであった場合、美鈴や自分が介入することは、殆ど難しかった。
 だから美里は、美鈴の視線をまともに受けることが出来なかった。
「ねえ…?」
 美鈴はそらされた母の視線を追った。
「うん…」
 美里は何かを深く考え込んでいて娘の言葉に気のない返事をした。
 そのとき、美鈴はある映像を受け取った。それはどこかの団地を見上げているもので、おそらく魔鈴からの映像なのだろうと思われた。その映像は中空階のあるベランダに裸で出された子供の姿があった。
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