ふるさとの抵抗~紅い菊の伝説4~

闇の使者

 美しが丘中学校の脇に黒い高級車が停まっている。スモークガラスのために車内を伺い知ることは出来ないが、一人の若い男が運転席にいるようだった。エアコンが働いているのだろう、アイドリングの音が時折高くなる。
 男は運転席側の窓を少し下げて煙草をくわえ、火をつけた。
 ほどなく彼の携帯電話が鳴る。
「はい、田宮」
 男は携帯電話を開いて応えた。
「やぁ、君か…」
 電話の相手は親しい間柄のようだ。
 田宮は二言三言世間話を電話の相手と躱した後、待っていたように本題を切り出した。
「ところで、『Red chrysanthemum』の様子はどうだい?」
「はい、特に目立った変化はありませんが、着実に『覚醒』に近づいていると思われます」
「その根拠は?」
「根拠は、マゴットとラミアの一件以来、彼女の健康状態に変化があります。貧血気味になる事も多くなりましたし、友人達とも距離を取るようになっています。彼女は自分の中の『Red chrysanthemum』を意識してきています」
 その報告を聞いた田宮は革張りのシートに身を沈めて満足げに笑った。
「マゴットやラミアを送り出した甲斐があった、という訳だね」
 田宮の言葉に同意しているのか、電話の向こうの相手は何も言わない。
「あともう一息だねぇ…」
 田宮がそう呟いた時、電話の向こうの相手が彼に質問をしてきた。
「でも田宮様。何故この様な回りくどい行動をなさるのですか?私たちで直接働きかければ…」
「そう焦ることもないよ。それにこの際だから邪魔者を燻りだしておこうと思っている」
「邪魔者、ですか?」
「『Hunter』さ。あれらは私たちの行動の妨げとなるでしょう?」
「それでは…」
「そうさ、『Red chrysanthemum』の覚醒をじっくりと行っているのは、『Hunter』をおびき寄せるためでもあるんだ。十分に集まったところで奴らを一掃する。既に一人現れているからね」
 田宮の含み笑いが車内に広がる。
「これからも監視を怠らないようにね。連絡を待っているから」
 田宮はそう言うと携帯電話を切った。サイドギヤを戻し、車を発進させる。
 高級車のエンジンは静かに回転数を上げ、夜の街に消えていった。
 
 誰も居ない保健室の中、風間由香里は手にしていたスマートフォンでの通話を終えて身を包んでいた白衣を脱ぎ捨てた。
 窓の外から走り去る車のライトが入ってくる。机の上に置かれたノートパソコンにシャットダウンの命令を下す。
 今日も一日が終わった、由香里は深い溜息をつく。
 そのとき保健室の扉が開き、向こうから美鈴達の担任の教師、福原秀樹が顔を覗かせた。
「風間先生、まだいらしたんですか?」
 福原は由香里がいたことを意外だと感じたような表情をして言った。
「いえ、そろそろ帰ろうかと思っていたところです」
 由香里は慌てて帰り支度をする。
「福原先生はまだ?」
「ええ、いろいろと雑用が残っていまして…」
 福原は恥ずかしそうに頭を掻く。
「そうですか、それじゃあ、お先に失礼します」
 由香里は福原の脇をすり抜けていく。
「お疲れ様でした」
 歩いていく由香里の背中に福原は声をかけた。
< 9 / 66 >

この作品をシェア

pagetop