危険すぎる大人だから、近づきたくなる
 パアアァァァン!

 爆音は私の耳、およそ30センチ先から放たれた。同時に、私を抱く左腕にかなりの力がこもり、奴自身がかなり踏ん張っていることが分かる。

 目がしっかり、葛城の右手を捉えたのは、その小さな拳銃から上がった煙が丁度消える頃だった。

 火薬の匂いが鼻をつく。

 その後、初めて、廊下の先を見ると、50メートル程先に黒いスーツの男が倒れていた。

 全身は震え、足はすくんだ。葛城の腕に、やっとの思いでつかまっている。

「死んではいない」

 その言葉を聞いて、更に寒気を感じた。この、小さな銃から放たれた、あの小さな銃弾という物が飛び出ただけで。引き金を引いただけで、あんなに遠くの人が、倒れる。

「車まで走れ!」

 ロビィを抜けると、ロータリィで停車しているベンツを守るように、右手を光らせたスーツの男達が構えていた。ドアはすでに開いており、無我夢中で助手席に飛び込む。

 遅れて葛城も、運転席に滑り込んできた。

 いつ泣き出したのかは覚えていない。走って息苦しいのかと思っていたが、それだけじゃないと知ったのは、車に乗った後だった。

 パパァーーーン!!

 ビシッッ!

 頭部近くで何かが割れる音が聞こえたので見ると、サイドガラスの、丁度真ん中辺りに小さなヒビが入っていた。

 ぼっ、 防弾ガラス!?

 次に車は大きな音を立てて急発進し、体も前に大きく振られる。

「頭を下げてろっ!」

 慌てて手で頭を抱えて、命一杯俯く。その後車はどんどん加速していくようだったが、私が次にフロントガラスを見たのは、「いつまで頭を下げているつもりだ?」と、場違いに穏やかな声を聞いた後のことだった。


 1時間近くは走っていたと思う。次にシティホテルに着いたときには、既に人の行き来も多くなっていて。知らない間に世は明けていた。

 車から降りた後も、私はただ葛城の後に付いていた。そんな必要があるのかどうか、奴がチェックインしたのは、スイートルームだった。平常心ならかなり驚いただろう。豪華な部屋に2人っきり。最上のドレスにダイヤモンド。なのに、はしゃぐどころか、今の自分の状況を整理するのに精一杯だった。

 部屋は、どこかで見たような、広さと煌びやかさだけが続いていた。花も大きな花瓶に見事に生けてあったが、今の心を落ち着かせるには全く不十分だった。

 葛城はソファにどかりと腰掛けると、すぐに携帯で電話を始める。

 私は窓の外をそっと眺めた。空にはいつもと同じように朝日が眩しく輝いている。

 今見たのは、それとも、現実だろうか。

 悲鳴、銃声、強く掴まれた腕……。そういえば、痛かった気がする。なのに、今腕を見ても、そんな痕はどこにもない。

 あれが、現実だったと確かめる方法はひとつ。葛城の懐に入っている拳銃に……、触れること。

 きっと私といる時の葛城が裏側で、今の、小さな拳銃の引き金をいとも簡単に引いたのが、表側。

 一般人ではない。

 それなのに奴は、何も知らない私を何度も抱く。力強く、激しく。そして、時に酷く、また、甘く……。

「何だ? そのしかめっ面は」

 電話が一段落した葛城はようやく私の視線に気づいた。携帯をポケットにしまいながら、こちらへ近づいてくる。

「よっ、寄らないでっ!」

「何?」

 そう言ったのにもかかわらず、葛城は無視して寄ってくる。

 私の背中は既に壁についていた。逃げ場はなく、距離はどんどん縮まり……。ついに、その手に落ちる。

「お前から逃げればいいだろうが」

 顎をとらえられ、見下される。

 顔はどんどん近づき、私は仕方なく目を閉じた。そんな至近距離で、見つめ合う勇気は、ない。

 奥までゆっくりと侵入してきた熱い舌は、一度口の中をぐるりと探索してから中心を吸った。いつもより、少しきつく。

「逃げられるものなら、逃げてみろ」。そう言われた気がした。更に葛城の舌は、前歯から奥歯にかけて順になぞっていく。

 不自然に開かされた口を噛み締めたい、歯の下にある葛城の舌を噛み千切りたい……という不思議な衝動にかられた。

 気づけは、葛城の上着を、しっかり爪を立てて握り締めている自分がいた。

「ちょっ、待っ……。こんな、っ、場合っ、じゃ……」

「もう用はすんだ。気にするな」

「気っ、気にするなって言ったってね! ……私は、撃たれかけたのよ!? なたは慣れてるかもしれないけど、私は普通の人なんだからね!」

 想像以上に間があいて、強く言い過ぎたかな、と少し戸惑う。だが、葛城が次ぎに出したのは、意外な言葉だった。

「お前と俺の差がどこにある? 何も変わらないよ。

 ただ、さっきのは……。俺を目の敵にしている奴がいてな、俺がお前の部屋に出入りしている情報が漏れたんで、お前も連れて来ただけだ」

「何よ、それ…」

「あの部屋はもう使えないな。別の所を用意する」

「つっ、使えないって! 私が学校行くための家なのよ!」

「……。だから?」

「だっ、だから!? って……あっ、あなたのせいで、色々、銃声とか……ほら、あの屋敷の広間でも悲鳴がしたじゃない! あれは一体何なのよ!?」

「さあな。それは俺も知らんよ。誰か撃たれたんじゃないか?」

「よっ、よくもそんな所に連れて行ってくれたわね! 私には関係ないんだから、家で鍵かけてた方がよっぽどマシよ!」

「それができたのなら、そうさせたとは思わないのか?」

 急に真面目な顔を向ける葛城に、一瞬たじろぎながらも、

「大体ね、私は完全に巻き添えじゃない!」

「最初に俺を巻き込んだのはお前だろう? 後悔している様子は微塵もないな」

「なっ……!!」

 一段も二段も葛城の方が上。奴はつと身を寄せたかと思うと、唇に軽くキスをした。

 本当、何でこんなタイミングでこんなキスができるんだろ。

 また、深々と異物が進入してくる。指は耳の後ろのツボをとらえ、カッとなる体に拍車をかけた。

 あぁもう……こんな時に、こんなところで……。

と、思いながらも、既に足に力が入らない。

「べっ、ベッド。ベッドに……っ……」

 予想通り薄笑いされる。それが例え馬鹿にした笑みでも、このまま立ったまま続けられるよりも、ずっとマシだとその時は思ってしまうのだ。

「そうか……。途中だったな。いいぞ……抱いてやる」

 葛城は私の体をひょいと抱き上げ、ベッドにうつ伏せに寝かせるとドレスを脱がしにかかった。後ろのファスナーを下げれば、後は下着だけ。なのに、ファスナーは少しずつしか下げてくれない。

「ねぇ……ツッ!」

 突然、背中の皮膚を強く吸われ、痛みが走った。もしかして、痕がついたんじゃ……。

 ……キスマークのつもり?

「今の……」

 訊ねようとしたが、その後は荒々しく、ドレスと下着を引き剥がされ。自身も、素早く全裸になると、勢いよくのしかかって来た。



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