結婚白書Ⅲ 【風花】


蓮見さんのお気持ちはありがたかったが 私たちに晴れがましいことは

必要ないという思いが強かった

衛さんに 自分の正直な気持ちを話すと



「わかった 僕もどう返事をしていいものか困ってたんだ 

彼らの気持ちもありがたいしね」



蓮見さんには 一度断りの返事をしたものの 

”こっちに来てからもう一度考えて欲しい” と返信が来ていたのだった


 




なんにでも興味を持つ年頃なのか 祐樹君はよく走り回る

ご両親を困らせる場面も多く見られたが 不思議と衛さんの言うことは

素直に聞いていた

気がつくと彼と手をつないで歩いている 時には背負ったり肩車をしたり 

そうした様子に 衛さんの父親の部分が見えてくる

衛さんは祐樹君の向こうに 賢吾君を見ているのではないのかと思うことも

たびたびあった


彼が子供と接する姿を目にするたびに 心の奥のしこりが疼いた

けれど その思いは私が一生背負っていかなければいけないものだと

思っている




タスマニア二日目の夜は 祐樹君をベビーシッターに預け 大人だけの

食事になった



「明日メルボルンに着いたら さっそく午後からのツアーに参加してください

明後日はフリーコースですよ どうぞ二人仲良くどこへでも」


「明日の午後から別行動だって言ってたな」


「メルボルン市内に友人がいるんだ 一泊してくる 朋代さんを頼むぞ 

お前だけが頼りなんだから ずっと手でもつないでろ」


「そうさせてもらうよ」



そのやり取りに 志津子さんが目を丸くした



「まぁ 遠野君 そんな冗談を言えるようになったのね 驚いた!」


「まったくだよ こんなに惚気るヤツだとは思わなかったね」



蓮見夫妻にからかわれても 衛さんは平気な顔をしていたが

それも照れ隠しなのか いつもよりグラスを口に運ぶピッチが早い



「朋代さん こいつ英語は得意だから安心してください

高校のときなんて たいして勉強もしないのに成績はいいし 

まったく嫌味なヤツですよ

防大にも合格してたんですよ 一緒に空自に行こうって誘ったのになぁ」



”えぇっ 自衛官になるつもりだったの?” と驚く私の顔に 

衛さんが ”まさか” と手を振って否定する



「通ったのは一次試験だけだよ 

ほかの大学より早く試験があるから力試しに受けただけで

自衛官になるつもりはなかったから 二次試験は受けなかった」



普段見たことのない顔 初めて聞く話 彼のいろんな顔が見えてくる




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