結婚白書Ⅲ 【風花】
23.慈愛


空港に降り立つと 冷気が全身を包み 南半球に来たことを肌で知った

メルボルンから飛行機を乗り継いで タスマニアのホバートに着いたのは 

日本を発った翌日の昼過ぎだった


旅行が決まってから抱えていた さまざまな思い 

それも今は 蓮見さんご夫妻にお会いした感動で薄らいでいた




「高校時代から仲がよくて 性格も違うのに よく一緒にいたのよ」



蓮見さんの奥様 志津子さんが 久しぶりの再会を喜ぶ男性二人を見ながら

教えてくれた

蓮見さんは オーストラリアに赴任して二年目

旅行が好きで 休暇のたびにオーストラリア国内を旅行しているそうだ

蓮見さんご夫婦の三歳になる男の子 祐樹くんも一緒だった



「コイツとは入学当初から妙に馬が合って 今まで腐れ縁ですよ」


「おい蓮見 腐れ縁はないだろう わざわざ日本から会いに来たのに」


「よく言うよな そっちは新婚旅行だろう 

美人の奥さんを見せびらかしに来たんじゃないか」




蓮見さんと衛さんの会話は遠慮がなく 彼のこんなくだけた様子も初めて

目にした

二人の間には 気の置けない者同士にだけ漂う空気が流れている



「メルボルンに行ったら二人で楽しんでください 

現地のツアーも申し込んでおきましたから

それまでは申し訳ありませんが 僕らと一緒の旅になりますので」



個人旅行でもあり土地に不案内な私たちには ありがたい申し出だった




タスマニアの三日間は 国立公園など自然を中心にしたコースが組まれていた

一年中安定した気候だといわれるだけあって

思ったほど寒さを感じることもなく 天気にも恵まれ楽しい時をすごしていた





日本を発つ前 旅行プランとともに もたらされたひとつの提案



「蓮見たちの提案なんだけど……

向こうで結婚式を挙げないかと言ってきた 朋代はどう思う」



とっさに答えに困った

自分が結婚式をするんて思いもよらないことだった 

好きな人と結婚できた それだけで充分だったから……




「落ち着いたら 写真だけでも残しておいたら?

お父さんもお母さんも 本当は朋ちゃんの花嫁姿を見たいと思っていたはずよ」



和音さんに言われたことがある

あれは 結婚が決まり 荷物の整理をしていたときだった



「朋代の結婚資金にしようと思っていたものだから……持っていきなさい」



まとまった額の入った通帳を母から手渡された

あわただしく決まった結婚ではあったが 両親が私たちに式を挙げなさいと

言わなかったは それなりの理由があったのだと思っている



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