結婚白書Ⅲ 【風花】


静寂を破るように電話の音が響いた

その音は 私達を一気に現実に引き戻す

なかなか鳴りやまない呼び出し音



「電話 出た方がいいよ」 



電話の相手は兄だった





「連絡がないから心配したぞ 携帯にもでないし 飛行機はどうだった?」


「ごめん 携帯は電源を切ったままだった 

飛行機 何とか着いたけどすごく揺れたの

到着時間がずいぶん遅れて いま帰り着いたところだったのよ」



なんなく口からウソが出る


電話を置いて 彼を見ると ソファーに座り 不安そうに手を組んで 

苦渋の顔がこちらをうかがっていた



「お兄さん?」


「えぇ……」



テーブルの上には 冷め切ったコーヒーカップがふたつ

メガネとともに並んでいた





「すまない……」


「謝らないで」



彼の横に座ると 彼の唇に手を置き 言葉を遮った



「私も望んだことですから」



彼の手が 私の手を優しく包んだ



「ここでお終いにしよう お兄さんの電話は 私達への警告だよ

誰が見ていなくても 見えない何かが 私達に働きかけたんだ」


「そうね 兄の電話がなかったら 私 このまま……やっぱりいけないことね 

そんなこと 最初からわかってたのに」



感情に流されそうになった自分が確かにいた



「帰るよ」


「コーヒー 冷めちゃったわね ご馳走できなくてごめんなさい」


「残念だけど……」



お互いに目を合わさず ぽつり ぽつり 会話をかわす

彼はソファーを立ち上がり メガネをとると 振り向かずに玄関へと歩き出した

玄関ドアの前まで来ると ようやく私を見たが その目は 哀しげで 

いつもの優しさを失っていた



「明日から 元の私達に戻ろう」


「はい……」


「おやすみ」


「おやすみなさい」



ドアが バタンと音を立てて締まる

とたんに涙が溢れ出した 口を押さえていたが 声を抑えきれない



「桐原さん」



ドアの外から彼の声がした

私は ガチャリと玄関ドアの鍵を閉めた

次第に遠ざかる足音



そのまま どれくらい そこにいただろう



今夜は何もしたくない……

ベッドに身を投げ出し しばらく泣いていたが 

やがて 泣き顔のまま眠りについた






< 26 / 132 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop