結婚白書Ⅲ 【風花】


「高原のホテルに 美味しいレストランがあると教えてもらった 

次の土曜日 一緒にどうかな? 看病のお礼がまだだったからね

この時期 紅葉も綺麗だと思うよ」



遠野さんから誘いがあった

その日は 和史と先約がある

なんて答えよう……


 
「予定があるの?」


「野間さんから話があると言われて……彼と会う約束をしたんです」



遠野さんの顔色が変わる

”そう”と言ったっきり 黙ってうつむいた



「私 ちゃんと話もせずにそのままだったから 

彼も気にしてるんだと思います」



「わかった」


 
彼の目が いつもの厳しい目になっていた






久しぶりに会った和史は 少しふっくらしていた



「元気そうじゃない 顔色がいいわよ」


「朋代 元気がないって聞いたから心配してたんだ」


「あら 心配してくれてたの? じゃあ なんで連絡くれなかったのよ」



心にもない事を言ってしまう

気まずい空気が漂っていた



「和史 付き合ってる人がいるって聞いたわよ」



和史の顔を覗き込むように問う



「そうか 知ってたんだ もっと早く言うつもりだったんだけど 

なかなか言い出せなくて」


「いろいろね 聞こえてくるのよ 

余計なことを耳に入れてくれる人だっているの 

でもね 私達 特別約束をしてたわけじゃないし 気にしないで」


「ごめん……そう言ってもらえると助かるよ」



そんなことは どうでも良かった

こうして話が出来て 気持ちの整理も着いた

彼の口から別れ話を聞いても 揺らがない自分がいる  



「どんな子? 若いアルバイトの子だって聞いたけど 大事にしなさいよ」


「朋代……」


「なによ そんな哀れんだ顔をしないでよ

私だって ほかに好きな人ができたんだから」


「調査官の各務さんだろう? うわさは聞いてるよ」


「違うわよ 他の人」


「そうなんだ 各務さん 強引に朋代を口説いてるって聞いてたからな」


「なにそれ よく言うわよ」



わだかまりのない 穏やかな二人に戻れた

もう大丈夫……





胸のつかえがおりたとは こんな感じを言うのだろう

さっぱりした気持ちでマンションに帰ると 玄関前に誰か立っていた



「遠野さん」



ツカツカと歩み寄ると 私をいきなり抱きしめた



「君が野間君と会っているかと思うと 苦しくて……」



私の想う人はここにいる

抱きしめられた腕の痛みは 愛情を感じるのに余りある痛みだった





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