結婚白書Ⅲ 【風花】


遅い朝食をとりながら 彼が言いにくそうに切り出した



「来週 東京に帰ってくるよ 息子の幼稚園行事があるんだ 

運動会にも行けなかったから 顔を見てくるよ」


「そう……息子さん きっとパパを待ってるでしょうね」



努めて冷静に答える

家族の話題が出るたびに 彼は既婚者なのだと思い知らされた



「妻と話してこようと思ってる 君ともこのままではいけない 

充分わかっているつもりだ

ただ 息子のこともある 時間がかかると思う 待っててもらえるかな」


「私 このままでもいいです……」


「そんなことを言うと 男はずるいからね 本気にするよ」



冗談混じりに言っていたが あとは真面目な声が返ってきた



「妻との関係は だいぶ前から歪んでいた 君とこうなったことが原因じゃない

それだけは言っておくよ」


「本当に待っててもいいんですか?」


「そうでなきゃ困るんだけどね」



手にしていたカップを置き 私の手を握る

指を絡めた手を見て 彼を待ってみようと思った






夕方 遠野さんが帰ろうとしているときだった

インターホンが鳴った



「朋ちゃん お母さんだけど」



母の突然の訪問だった




動揺した 

母には彼のことは伝えていない

娘の部屋から男性が出てきたら どう思うだろうか

一瞬 いろんな思いをめぐらす



「ドアを早く開けたほうがいいよ お母さん待ってらっしゃるんじゃないかな 

僕も お母さんにご挨拶してから失礼するよ」



彼が肩をそっと抱いた





母は 彼の存在に 至極驚いた様子だった



「朋代の母です まぁ なんてご挨拶をしたらいいのかしら

朋ちゃん アナタ なんにも教えてくれないから 

お母さんビックリするじゃないの」



「遠野と申します 桐原さんには いつもお世話になっています

私は これで失礼します 桐原さん また明日」 



母に丁寧なお辞儀をして 彼は帰っていった

桐原さんなんて 久しぶりに呼ばれたわ


彼を送って部屋に戻ると 母の好奇心に満ちた目が待っていた



「朋ちゃん アナタ あの方とお付き合いしてたのね どうして黙ってたの

あまりにも素敵な方だったから お母さん 心臓が飛び出すかと思ったわ」



母が珍しく興奮していた



「だって お母さんに言うと うるさく干渉するでしょう だから黙ってたのよ

今日だって ここに来るなら電話くらいしてよ ビックリするじゃないの」



自分でも驚くほど ウソを繕う言葉が出てくる



「来週 高志達が帰ってくるのよ」



和音さんのお兄さんの結婚式があるそうで

連休と有給休暇をあわせて 一週間ほど帰省するという



「だいちゃん ハイハイするんですって 

結婚式に連れて行くのも大変だろうから ウチで預かろうと思ってるの」



母は もう孫との再会を楽しみにしていた



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