結婚白書Ⅲ 【風花】


課長補佐の地位は 地方採用職の中では最高のポジションになる

局長や課長は本省から赴任してくるが 課長補佐は入省時から地元勤務で

局内の事情に精通している

2・3年で転勤してしまう課長達にとって 補佐との信頼関係は重要で

彼らの評定も補佐によって左右すると言われていた

局長でさえ 各課の補佐には一目置いていた



「朋ちゃんは いくつになったのかな?」



牧野補佐は 小さい頃そのままの呼び名で私を呼ぶ



「28です もうすぐ29になります」


「そうかぁ 子どもが成長するのは早いね」



なかなか本題に入らない 

”あの”と 私から話そうとしたら それを制してしゃべりだした



「昨夜 お父さんから電話をもらってね 驚いたよ

朋ちゃんもそんな年頃になったんだねぇ

だけど 親に心配を掛けちゃいけないよ それは わかるだろう?」



私は コクンと頷いた



「このことは 私の胸の中に収めておく もう一度 良く考えてみなさい」



なにをどう収めるというのだろう

この人も父と同じだ 最初から私のことなど理解しようとしないのだ



「考えました でも 父には迷惑をかけません 私自身の事ですから」



ふぅ……とため息をついて 私の顔をのぞき込む

  

「本当にそうかな?まずは 遠野課長のことだが…… 

あの人は数年先に本省に帰って その後は局長として また地方に出向く人だ

我々では 到底できない出世コースを歩いている

それが 君とのことが明るみに出れば 評定にも響くだろう

それは 局長の監督不行届気にもなる」



私は黙って聞いていた



「そして OBでもある君のお父さんにも影響するんだよ 

私が言うことはわかるね?」


「それは 私達が不倫関係にあるからですか?

それなら それを清算して 世間的に認められる関係になれば

問題ないはずです」



牧野補佐は 私の強い口調に驚いたようだった

私自身”不倫”と言う言葉を初めて口にした

言ってしまってから もう後戻りのできないところに自分がいるのだと再確認した

補佐はしばらく考えて込んでいたが やがて穏やかに言葉を続けた



「朋ちゃん 君も強情だね いや 意志が強いと言うべきかな

そんなところは お父さんによく似てるのかも知れないね

今までのは建前 正論だよ

お父さんの本心は 大事な娘が世間的に認められていない関係にある 

そこが許せないんだよ

親として 娘には普通の幸せな結婚をして欲しいからね」



何も言い返せなかった

牧野補佐の言う通りだけに ただ黙って聞くしかない自分がもどかしくもあった

補佐が諭すように 更に話をつづける



「もうひとつ 遠野課長には子供もいる 子供を犠牲にしてもいいのかな

それだけじゃない 朋ちゃんが意地を通せば たくさんの人を犠牲にするんだよ

そんな思いは 私だって自分の子供にさせたくない

私にも娘がいたら おそらく同じ事を考えるだろうね」



牧野補佐の言葉に愕然とした

父の思い 親の思い

それは 私の考えのおよびのつかないものだった



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