結婚白書Ⅲ 【風花】
16.決意


彼女が私の部屋に来たのは 夜10時近くだった

悲痛な表情で キリッとした口元は さらに固く結ばれていた

部屋に招き入れたが 座りもせずに 床に視線を落としたまま

座るように勧めたが 頭を振って絞り出すように話し出した



「牧野補佐から 遠野さんや局長の立場も考えるようにと言われました

父の思いも聞きました 父親として世間に認められない関係は許せない

私が意地を通せば たくさんの人を犠牲にするからと……

息子さんのことも……子供を犠牲にしていいのかとも言われました

補佐も同じ思いだからと……」



一気に話すと 唇をかみ締め 今にも泣き出しそうなのを必死にこらえている



「僕も 君のお父さんから 同じように言われたよ 

わかってもらうために僕の気持ちを一生懸命話した

でも わかっていただけなかった 離婚したから良いというものでもない

その前に 娘とそんな関係になったことが許せないと……」


「父はそこまで言ったんですか すみません」


「いや 親としては当然の思いだよ 

僕のほうこそ お父さんに申し訳なくて……」



互いに立ったまま なすすべもない



「父の気持ちもわかります だけど 自分の気持ちに正直になりたい 

両親にわかってもらえなかったら 家を出ます」



彼女に それ以上言わせてはいけないと思った



「それはいけない 座ろうか 落ち着いて話した方がよさそうだね」



椅子に腰掛けたが テーブルの上に置かれた手は固く握られ小刻みに

震えていた



「妻との話し合いは まだなんの進展もないが 僕は別れるつもりでいる

そうなると 僕が息子を引き取ることも考えられる 

だが おそらく妻は息子を手放さないだろう」



「どちらにしても 賢吾君には辛いことですね……」



朋代の顔が 更に苦痛の表情を見せる

賢吾のことを 大事に思ってくれていることが痛いほどわかる

ここで言ってしまおうか いまの正直な自分の気持ちを……




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